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 たばこが肺がんの原因であることは、現代では誰もが知っています。どうやってたばこと肺がんの関係がわかったのか、みなさんはご存知でしょうか。

 試験管の中で実験してわかったわけではありません。発がん性が疑われる物質を培養細胞に振りかけて染色体の異常などを調べる実験はあります。しかし、たばこに含まれる物質は多様ですし、煙は気体として肺や気管支の細胞と接触します。試験管内の実験系とは条件が違いすぎます。

 動物実験でたばこと肺がんの因果関係がわかったわけでもありません。実験動物にたばこの煙を吸わせて肺がんになったとしても、ヒトでも肺がんになるという証明にはなりません。実験動物とヒトで、たばこによる肺がんのなりやすさ(感受性)が同じとは限らないからです。

 逆に、たばこを吸わせても実験動物が肺がんにならなかったとしても、ヒトでも同様だとは言えません。喫煙してから肺がんの発症まで長い時間がかかるとしたら、寿命が短い実験動物では再現が難しいでしょう。試験管内や動物での実験は、傍証にはなるものの、人間の発がん因子の証明にはならないのです。人間はどうなのか、データを集める必要があります。

 では、たばこを吸っていて肺がんになった人をたくさん集めたら証明になるでしょうか?なりませんよね。たばこを吸っていて肺がんにならない人もたくさんいますし、たばこを吸っていなくても肺がんになる人もいます。たばこを吸っていて肺がんになった人をいくらたくさん集めても、たばこが肺がんの原因だという証明にはなりません。

 こういうのはどうでしょう。肺がんの患者さんを100人集めます。その中にはたばこを以前から吸っていた人もいるでしょうし、吸っていない人もいます。また、肺がんの患者さんと年齢や性別などそのほかの条件は一致しているけれども肺がんではない人を100人集めます。こちらも、たばこをずっと吸っていた人もいれば、吸わない人もいます。

 仮に、肺がんの患者さんのうち喫煙者の割合が80%、肺がんではない人のうち喫煙者が80%であれば、喫煙者の割合に差がないので、肺がんと喫煙は関係がないようだ、と推定できます。しかし、肺がんの患者さん(症例)における喫煙者の割合が80%である一方で、肺がん患者ではない人(比較対照)では50%だったらどうでしょうか(図)。

写真・図版

 

 これは喫煙が肺がんになる確率を上げる、と考えない限り、説明は難しいです。図の数字からは、喫煙が肺がんになる確率を約4倍にすると推測できます(日本人男性の肺がんにおける喫煙の相対リスクがだいたい4倍くらいです)。

 症例(患者)と対照を比較するので「症例対照研究」と言います。実際の症例対照研究は、一日に吸うたばこの本数や、現喫煙者と非喫煙者だけでなく、過去喫煙者(昔は吸っていたが今は吸っていない)も考慮したりして複雑になりますが、原理は一緒です。

 ポイントは、実験室内ではなく実際の人間の集団の観察に基づいていることです。たばこだけでなく、人間で発がんの原因(放射線被ばく、ピロリ菌感染、肝炎ウイルス感染、アルコール、アスベストなど)についての知識は、実際の人間の集団を観察して得られたものです。

 

参考:国立がん研究センター社会と健康研究センター

「科学的根拠に基づく発がん性・がん予防効果の評価とがん予防ガイドライン提言に関する研究」

http://epi.ncc.go.jp/can_prev/evaluation/783.html別ウインドウで開きます

 

<アピタル:内科医・酒井健司の医心電信・その他>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/sakai/(アピタル・酒井健司)

アピタル・酒井健司

アピタル・酒井健司(さかい・けんじ) 内科医

1971年、福岡県生まれ。1996年九州大学医学部卒。九州大学第一内科入局。福岡市内の一般病院に内科医として勤務。趣味は読書と釣り。医療は奥が深いです。教科書や医学雑誌には、ちょっとした患者さんの疑問や不満などは書いていません。どうか教えてください。みなさんと一緒に考えるのが、このコラムの狙いです。