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 東日本大震災から6年が経ちます。当時、私は岩手県に住んでいました。その日は予定していた東京への出張がたまたま変更になり、職場で仕事をしていた時に大きな地震が発生しました。3月になって、ふとそんな場面を思い出しました。

 もう記憶が薄れている人もいるかもしれないし、この時期になると不安定になるという人もいるでしょう。マスメディアの影響で、心が揺さぶられる面もあるのかもしれません。

 

 さて今回は、いろいろな思考が頭を巡って苦しいときに、その思考を止める方法を紹介します。先日、私がこの状態に陥ってしまいました。

 

 私は震災後、中長期のこころのケアチームの一員として、岩手県の沿岸の町へ通っています。この地域は、津波で線路が流されたまま鉄道が復旧していないので、移動にはレンタカーを使っています。いつもは医師、看護師、臨床心理士などのチームで活動するのですが、先日は夕方にメンバーと分かれて、一人でレンタカーを運転して帰ることになりました。新幹線の駅まで車で2時間ほどの距離です。

 いつもの道を順調に走っていたのに、突然渋滞にはまってしまいました。カーブの先の様子は見えませんが、車の列が全く動かず、対向車もこないので、どうやら前方で事故が起きたのだろうと推察しました。う回路もなく、山奥の暗い峠道に止まったまま時間が過ぎ、東京行きの最終新幹線の出発時刻が迫ってきました。これまで吹雪や土砂崩れなど様々経験をしており、帰れなければ諦めて泊まるのですが、今回は翌日の仕事の都合で何としても帰らなくてはなりません。

 「なんで進まないの?」「勘弁してよ」「新幹線に乗り遅れるかもしれない」「今晩帰り着けないのか」と思考が巡ります。手に汗をかいて、心臓がドキドキして、不安とイライラが交錯します。「カーブの先では何が起きているのだろう」と想像したり、「もっと早く出発していれば」と悔やんだり、「明日の仕事どうしよう」と考えたりするのは、別の場所や、過去や未来へと時間を越えて、思考が飛んでしまっている状況です。あれこれ考えても事態は変わらないのに、思考を止められないのです。

 

 そんな時に、冷静さを取り戻すためのテクニックがあります。例えば、「大丈夫」「なんとかなる」と自分に言い聞かせてみる、別の楽しい場面を想像してみる、深呼吸してみる、いったん頭の中を空っぽにするという方法もあります。またの機会に紹介しますが、テクニックはいろいろあるので、その時々で使えるものを試してみるのです。また、あの手この手と活用できそうなテクニックを考えること自体も不安やイライラから意識をそらすのに有効です。

 今回は車の中でいくつか試しました。役立ったのは、「いま」「ここ」に意識を集中する方法でした。ハンドルを握った感触、質感、継ぎ目の凹凸、手のひらや指先からいろいろな情報が伝わってきます。ふとブーンという小さな音が聞こえてきました。車のエアコンの音です。同じようにハンドルを握っていて、エアコンの音もしていたと思うのですが、不安やイライラに気を取られていた時には気づかなかったのです。

 ハンドルの感触、座っているシートの感覚、そしてエアコンの音を感じるのは、「いま」「ここ」に意識がある状態です。ぐるぐると巡る思考から離れて心が落ち着いてきたころに、渋滞の車の列の脇をパトカーが通り過ぎていきました。ほどなくして、事故現場の交通整理が始まり、私はこの渋滞から抜けました。そして、なんとか最終の新幹線に間に合いました。

 

 これは、日常の場面でも活用できます。嫌な出来事を考えて気づけば仕事の手が止まっていた、相手はメールを読んだはずなのに返信がない、電車の遅延など、別の場所、過去や未来のことを考えてイライラしてしまう時に試してみてください。

 ただし、自分の感情や思考を止めるばかりでなく、怒りをかみ締め、あるいは悲しみに浸り、思いを巡らせる時間が必要なこともあります。震災から時間が経っても思い出すし、泣きたくなる時だってあります。そんな時に、無理にその感情から抜け出す必要もないし、一人で踏ん張らずに誰かに支えてもらうのも良いのではないでしょうか。

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■編集部から

 田辺有理子さんの本が8月31日に出版されました。タイトルは「イライラとうまく付き合う介護職になる!アンガーマネジメントのすすめ」(中央法規出版、2160円)です。(詳しくはアマゾン:http://goo.gl/52wVqv別ウインドウで開きます

 

<アピタル:医療・介護のためのアンガーマネジメント・コラム>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/anger/(アピタル・田辺有理子)

アピタル・田辺有理子

アピタル・田辺有理子(たなべ・ゆりこ) 看護師・保健師・精神保健福祉士

横浜市立大学医学部看護学科講師。大学病院勤務を経て2006年から看護基礎教育に携わる。アンガーマネジメントファシリテーターTMとして、医療・介護・福祉のイライラに対処するためのヒントを紹介する。著書に『イライラとうまく付き合う介護職になる!アンガーマネジメントのすすめ』(中央法規出版)がある。