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 前回はスマホと子どもについて書きましたが、もう一つ、私が気がかりなのは母親たちにスマホを使うことをやめさせようとする論調があることです。前回紹介したもの以外にも日本小児科医会が作った「スマホに子守をさせないで」というポスターがあります。http://www.jpa-web.org/dcms_media/other/smh_poster.pdf別ウインドウで開きます

 これにも、スマホを子守で使うと恐ろしいことになると書いてあります。「ムズかる赤ちゃんに、子育てアプリの画面で応えることは、赤ちゃんの育ちをゆがめる可能性があります」とあります。加えて、「赤ちゃんと目と目を合わせ、語りかけることで赤ちゃんの安心感と親子の愛着が育まれます」と断定的に書いてあります。

 おそらくこの項目を入れるようにしたのは、自分で授乳を毎日していた人ではないのではないかと思ってしまいます。授乳1回につき、短くても15分、長くて1時間近く、ずーっと子どもの目を見て語り、1日に少なくて6回、多いと10回以上目と目を合わせ語りかけるなんて、そんなことが可能でしょうか。そして、そのようにしいないと安心感は育まれないでしょうか。

 「子育てアプリの画面で応える」とありますが、一時的に効果があったとしても、発達に影響が出るほど使い続ける親はいないのではないでしょうか。

 

 富山県教育委員会の親学びノート(http://www.pref.toyama.jp/sections/3009/hp/oyamanabi_note2016_2.pdf別ウインドウで開きます という冊子があります。その中に、お母さんが授乳中にスマホを見ていると「赤ちゃんはどんなことを感じていると思いますか?」、「赤ちゃんに授乳するとき、あなたは何を大切にしたいですか?」と母親に考えさせて記入する欄があります。同じページには、母親がママ友とのおしゃべりに夢中になってスマホを頻繁に使うようになった、という例が示されています。スマホから音楽のようなものが流れ、母親がニッコリしているように見えるイラストもあります。

 つまり、授乳中のスマホを禁止しようとする人たちは、母親が自分の楽しみのためにスマホを見ているのだと思っているのではないでしょうか。

 しかし、多くの母は、そういったとき育児情報を調べているのです。子どもの出現とともに、出産前に好きだった芸能人、よく見ていたドラマへの関心は急速になくなります。実際、出産後は時間がないし、生まれたばかりの子どものことよりも興味深いことはそうありません。

 母乳は十分に出ないけど足りているの?うんちの回数はみんな何回くらいなの?うんちの色は母子手帳にも載っているけど、正常なおしっこの色は何色?この私の体調不良は受診したほうがいいの?何科に?いったい、どうしたら子どもが寝てくれるの?ミルクは何ml足すべきなの?

 子どもが産まれて直面するそういった様々な疑問は、初めての出産だとどこでどうやって調べたらいいのかわかりません。図書館や書店で調べようにも、行く機会も時間もありません。そういう時に困った母たちは、身近にあるスマホを手に取るのです。決して、自らすすんで自分の楽しみのためにスマホに逃げているのではないんです。

 なかにはスマホでゲームをする母親もいるかもしれません。そうだとしても、おそらくほとんどが数十秒から数分で終わるゲームでしょう。家事でさえ、子どもが泣いたら中断して駆けつけなくてはならず、あちこちやりかけが散らばっているのに、ゲームなんかに数十分もかけることはできません。わからないことだらけなのに忙しく、ときに絶望的になる乳児の育児中、隙間時間の息抜きも許されないとしたら、あまりにも母親に厳しい世の中ではないでしょうか。

 また、子どもが大きくなると公共の乗り物や建物内で、少しもじっとしていません。言い聞かせてわかるようになるのは、早くて3歳、それでも機嫌が悪ければ言葉だけで説得するのが不可能なこともあります。そんな親を非難する人迷惑だと思う人がいますが、その人たちもかつてはそういう子どもだったんです。そういった時にスマホで子どもが静かにしていてくれたら、お互いにどれだけ助かるでしょう。

写真・図版

 

 病院の待合室で母親がスマホばかり見て、子どもが椅子から落ちることが「よくある」と小児科医が言っている記事を見かけましたが、私の周囲では、そんなことは半年に1回ほどの頻度もありません。スマホではなく雑誌でも、親が子どもを見ずに読んでいて、転落などすることは以前からありました。スマホが悪いのではなく、きっと疲れているとか気ぜわしいとか親の注意力を削ぐような状況があったのでしょう。もしかしたら、待合室に動画を流していても、ポスターを貼っていても同じことが起こったかもしれません。

 何か新しいものが持てはやされ、身近な人が自分のわからないことに夢中になると不安に陥る人がいるのでしょう。でも、他人の行動を変えさせよう、スマホを使わせないようにしようと思ったら根拠が必要です。脅かして何かをさせようというのは、「不安商法」と変わりません。

 また今は、子育てをする人たちに手を貸すでもなく非難する人たちが多い世の中です。子どもが泣いたら公共の場に出てくるなと言わんばかりの狭量さは親たちを追い詰めます。

 こんなツイートを見たことがあります。「電車で妊婦に席を譲ったら、速攻でスマホを取り出したのでがっかりした。お腹を撫でて微笑んで欲しかった」あまりの妄想ぶりにあきれてしまいます。妊婦だって、乗り換えの仕方を確かめるかもしれないし、何時に着くよとメールしているのかもしれません。自分勝手な幻想を抱くのもいい加減にして欲しいものです。

 

 小さい子どもを育てる人を怖がらせたり責めたりする人が減るように、ぜひ、国としても簡単に手に入る正しい情報の提供をしてほしいです。母親が大変困ることの代表として、母乳と粉ミルクがあります。イギリスは、授乳はこうするとうまくいき、粉ミルクはこう作りますというパンフレットを国が用意しています。そして、授乳で困ったときには郵便番号を入れると近くの専門家が個別に相談に乗ってくれる団体もあるし、母乳110番のような国がやっているホットラインも複数あります。そういったものは日本にありません。

 また、イギリスのNHS http://www.nhs.uk/Conditions/pregnancy-and-baby/Pages/breastfeeding-positioning-attachment.aspx別ウインドウで開きます やアメリカのCDChttps://www.cdc.gov/breastfeeding/別ウインドウで開きますが作っている育児のサイトも大変わかりやすく、読みやすい英語で書かれ、アイキャッチ画像もかわいいです。こういうものも日本にはありません。あれば、母たちはスマホ検索地獄に陥らずに済むのです。

 そして、小さな子どもをもつ親に今以上の罪悪感を感じさせないように、すべての人が子育てを見守ってもらいたいと切に願います。

 

<アピタル:小児科医ママの大丈夫!子育て>

http://www.asahi.com/apital/column/daijobu/(アピタル・森戸やすみ)

アピタル・森戸やすみ

アピタル・森戸やすみ(もりと・やすみ) 小児科医

小児科専門医。1971年東京生まれ。1996年私立大学医学部卒。NICU勤務などを経て、現在は一般病院の小児科に勤務。2人の女の子の母。著書に『小児科医ママの「育児の不安」解決BOOK』(メタモル出版)、共著に『赤ちゃんのしぐさ』(洋泉社)などがある。医療と育児をつなぐ活動をしている。