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 皆さん、健康ですか?

 いきなり、このように質問されると、困ってしまう人も多いと思います。また、病気で治療中の人は「自分は健康ではない」と感じているのではないでしょうか。

 

 そもそも「健康」とは、どのような状態を指すものなのでしょうか?

 先日、筆者も運営に関わっている哲学対話「おんころカフェ」での孫大輔先生(東京大学)によるミニレクチャーで、世界保健機関(World Health Organization: WHO)の健康の定義について知る機会がありました。「おんころカフェ」は、がんや難病の患者さん、その家族の方が集い、「病」をめぐる様々なことについて語り合う場です。

哲学対話「おんころカフェ」(http://ameblo.jp/oncolocafe/別ウインドウで開きます

 WHOの憲章の前文には、健康に関して次のように記載されています。

Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.(健康とは、身体的、精神的、社会的に全てが完全に良好な状態であり、単に病気がないとか衰弱していないということではない。)

 例えばですが、次のような質問に対して、皆さんは「はい」「いいえ」のどちらで回答するでしょうか。

・体に痛いところはない

・毎日、一日三食、おいしく御飯を食べている

・毎日、快便である

・夜はぐっすり寝ていて、朝の目覚めも良い

・悩み事はない

・人間関係で良好で、一切のストレスを感じていない

・経済的にも十分に恵まれている

・自分の社会的地位に満足している

 

 すべて「はい」と回答した人は、ほとんどいないと思います。しかし、WHOの定義では、上記の全てが満たされていることを健康としています。言い換えると、世の中の多くの人は、「健康ではない」ということになってしまいます。

 

 そのような事を考えながらモヤモヤと思いを巡らせているうちに、孫先生のミニレクチャーで、印象的なエビソードを拝聴しました。関節リウマチの女性患者さんのお話です。

 「わたし、この病気になってからもう30年以上になるんですけど、むしろこの病気に感謝しているのね。先生たちのおかげで、薬もよく効いて、ふだんはあまり症状がなく過ごせています。やっぱりときどき手首が腫れたりして、洗い物とか手を使うときに困ってしまうけれど、不思議な事に自分が『病気』って思ったことはないんです」

 そして、次のような疑問が孫先生からフロアに投げかけられました。

◎果たして、病気がない状態が「健康」なのか?

◎病気が治療されて治ったとしても、そこからさらに、プラスに行くのか?

 この問いかけに続いて「客観的な健康」ではなく「主観的な健康」の重要性についても解説していただきました。具体的には、血液検査で異常がないなどといった客観的な指標で健康を追い求めることばかりに気を取られるのではなく、自分自身が置かれた今ある状態を冷静に見つめ、たとえ辛い経験をしているとしても、その辛い経験を糧に自尊心を高くもつことの柔軟性やしなやかさの大切さを具体的な研究結果を交えながら紹介していただきました。例えば、主観的な健康感が生命予後や生存率に関連することや、たとえ末期がんの患者さんであってもQOL(生活の質)を向上させることはできるなどといったことです。

 個人的にも、WHOが定める健康を目指し、努力し続けることは、どこか限界があるのではないかと常々感じていました。もちろん、健康を目指して、生活習慣を改善したり、ストレス緩和に取り組んだりすることは、決して悪いことではありませんし、それを否定するつもりもありません。

ですが、医学が進歩し、その成果を享受することで、何か絶対的な健康を手に入れることができるのでしょうか?おそらく、どんなに医学が進歩したとしても、皆が健康になることは現実的には難しいのではないかと思います。なお、繰り返しになりますが、健康を目指すことや医学が進歩することを否定しているわけではありません。

 ただ、今、この時点で、病気で苦しんでいる人が、他人から「あなたは実は健康なんだよ」と言われても納得いかないと思います。

 では、自分の健康について、あるいは病気について、そして自身の尊厳や自尊心について、どのように向き合っていけばよいのでしょうか。

 そのような自分自身への問いかけの重要性が意識されてきていることが影響しているのかもしれませんが、冒頭で紹介した「哲学対話」のほかにも、「がん哲学外来」などの取り組みが全国各地で進められている状況があります。

がん哲学外来とは(http://www.gantetsugaku.org/concept.php別ウインドウで開きます

 哲学とは英語でphilosophyといいます。「philo」は「愛する」、「sophy」は「知る」を意味しています。愛することを知り尽くした恋愛の達人を意味しているわけではなく、「知ることを愛する」、具体的には「もっと良く知る」ということに徹底的であろうという情熱と実践という事になります。

 そして、これらのことを学びながら、科学的根拠に基づいた医療(EBM)のことをふと思い出しました。この連載で繰り返し出てきていますが、EBMとは『科学的根拠(エビデンス)、医療者の専門性、臨床現場の状況・環境、患者の意向・行動[価値観]の4つを考慮し、よりよい患者ケアのための意思決定を行うこと』です。

写真・図版

 

 今回の図では特に「価値観」を強調しています。この「価値観」とは、言い換えると死生観・人生観であったり、生きる意味や目標であったり、もう少し身近な言葉で言えば、好み・希望・願いであったりということになります。

 皆さんは、どうでしょうか。なにも崇高なことを考える必要はありません。例えば次のような質問に対して、あなたは、どのように答えますか?

◎日常生活において、一番心配なことは何ですか?

◎近い将来、成し遂げたいことは何ですか?

◎治療の選択肢において、効果と副作用のどちらを重要視しますか?

◎病気の治療において、一番解決したい問題点は何ですか?

◎医療者に対して、どのようなことを期待していますか?

 

 恐らく、人によって答えは違ってくるかと思います。これが、個人個人の価値観による違いだと思います。そして、患者さんが自分自身の価値観をもっと良く知ること、これはEBMを実践していく上で、また患者さんが納得いく医療を受ける上で重要なポイントになるのではないかと改めて気づきを与えてもらった貴重な機会でした。

 

<アピタル:これって効きますか?・その他>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/kiku/(アピタル・大野智)

アピタル・大野智

アピタル・大野智(おおの・さとし) 大阪大学大学院准教授

大阪大学大学院医学系研究科統合医療学寄附講座 准教授/早稲田大学ナノ・ライフ創新研究機構 客員准教授。1971年浜松市生まれ。98年島根医科大学(現・島根大医学部)卒。主な研究テーマは腫瘍免疫学、がん免疫療法。補完代替医療や健康食品にも詳しく、厚労省『「統合医療」情報発信サイト』の作成に取り組む。