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 前回、「健康」という言葉を例に、科学的根拠に基づいた医療(EBM)における「患者の価値観」とは何か、について考えました。

 

「価値観」の意味を辞書で調べてみると、次のような記載がありました。

 ●いかなる物事に価値を認めるかという個人個人の評価的判断[大辞林]

 ●物事を評価する際に基準とする、何にどういう価値を認めるかという判断[大辞泉]

 ●個人もしくは集団が世界の中の事象に対して下す価値判断の総体[広辞苑]

 抽象的な表現で、余計にわかりにくく感じてしまったかもしれません。

 健康や医療に関して別の言葉に言い換えると、死生観・人生観、生きる意味や目標、もう少し身近な言葉で言えば、好み・希望・願いという意味になるかと思います。

 そして、EBMの定義は、「科学的根拠(エビデンス)、医療者の専門性、臨床現場の状況・環境、患者の意向・行動[価値観]の4つを考慮し、よりよい患者ケアのための意思決定を行うこと」と定義されています。

 

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 「科学的根拠」は、人を対象とした臨床試験の結果を指します。

 「医療者の専門性」というと、EBMでは否定されているものと勘違いしている人がいるかもしれませんが、決してそのようなことはありません。EBMを実践していくためには、科学的根拠と医療者の専門性(技術・経験)の両方を活用して治療を進めていくことがEBMの目標になります。

 「臨床現場の状況・環境」は、患者さんの病状や家族背景、経済状況など以外にも、通院する病院の設備やアクセス環境、さらには医療・保険・福祉に関する制度も含まれてきます。

 そして、もうひとつの「患者の意向・行動[価値観]」。EBMを実践していく上で、治療方針の意思決定をおこなう際に、患者の価値観がどのように影響するのか、いまいちピンとこない人もいるかもしれません。

 

 身近な例を挙げながら、個人個人が持っている価値観について考えてみます。

 例えば、皆さんは、新聞やテレビの天気予報で、降水確率が20%だったとき傘を持っていきますか?

 40%だったら?

 60%だったら?

 80%だったら?

 もしかしたら、100%でなければ傘を持っていかない?(あるいは、100%でも傘を持っていかない?)

 人によって、傘を持っていくという判断をする数字は異なるはずです。裏を返すと、仮に降水確率が50%だったときに、傘を「持っていく人」と「持っていかない人」がいることを意味しています。つまり、同じ数字をみても、決断・行動の意思決定のプロセスが異なるのです。

 個人個人が持っている価値観による意思決定にほかなりません。

 

 ここで、再び医療に関して、この「価値観」について考えてみます。

 科学的根拠として信頼性の高い情報は、ランダム化比較試験などの人を対象とした臨床試験の結果であることは、この連載で繰り返し説明してきました。しかし、治療効果を検証するような臨床試験の結果は、「0(=誰も治らない)」か「100(=全員治る)」か、といった白黒はっきりしたものではなく、「0と100の間(=治る人もいれば、治らない人もいる)」をとります。

 これを、「医療の不確実性」と言います。残念ながら、将来、医学がどれだけ進歩しても、医療の不確実性はなくなりません。

写真・図版

 

 つまり、EBMを実践するということは、不確実性を伴う(「不正確、でたらめ」という意味ではありません)臨床試験の結果をもとに、患者さんが自身の価値観と向き合い、病状・病態や家庭環境などを踏まえ、医療者とよく話し合いながら、治療方針を決めていくということになります。

そして、医療行為には効果だけではなく、副作用を伴うこともあります。次のような治療の選択肢があったらどうでしょう。

 ・治療法A)治療効果が得られる確率が60%、生活に支障が出るような副作用が出る確率が90%

 ・治療法B)治療効果が得られる確率が50%、生活に支障が出るような副作用が出る確率が50%

 ・治療法C)治療効果が得られる確率が40%、生活に支障が出るような副作用が出る確率が10%

 皆さんでしたら、どの治療法を選びますか?さまざまな情報が絡み合うような状況のなか、どこかで決断をしなければなりません。患者さん自身が、そのときどきで最も重要だと思うことや、どのようなことに価値を認めるのかによって選択は変わってきます。そして、自身の価値観と向き合い、納得のいく決断ができれば、満足できる医療が受けられるのだと思います。

 また、人によって価値観も多様だと思います。ここで注意していただきたいのは、どのような価値観であっても、決して「正しい」とか「間違っている」というような二項対立で捉えてほしくないということです。

 どこかに、万人にとって絶対的、唯一の価値観があるわけではありません。

 先程の降水確率の例え話で言えば、降水確率が50%だったときに「傘を持っていくのが正しい」とか「傘を持っていくのは間違い」という議論はナンセンスです。

 医療の不確実性を受け入れ、納得のいく医療を受けるためには、患者さん個人個人が、自身の価値観と向き合い決断・行動の意思決定をおこなうことが一番重要なのではないかと思います。

 

<アピタル:これって効きますか?・その他>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/kiku/(アピタル・大野智)

アピタル・大野智

アピタル・大野智(おおの・さとし) 大阪大学大学院准教授

大阪大学大学院医学系研究科統合医療学寄附講座 准教授/早稲田大学ナノ・ライフ創新研究機構 客員准教授。1971年浜松市生まれ。98年島根医科大学(現・島根大医学部)卒。主な研究テーマは腫瘍免疫学、がん免疫療法。補完代替医療や健康食品にも詳しく、厚労省『「統合医療」情報発信サイト』の作成に取り組む。