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 生後6カ月の男児が乳児ボツリヌス症で亡くなったという報道がありました。

 ボツリヌス菌は細菌の一種で土壌や河川などに広く分布しています。ボツリヌス菌による健康被害はいくつかのタイプがありますが、主に「食餌(しょくじ)性ボツリヌス症」と赤ちゃんに起こる「乳児ボツリヌス症」とに分けられます。

 食餌性ボツリヌス症は、食品中で増殖したボツリヌス菌が産生した毒素を食べることで起こる、毒素型の食中毒です。ボツリヌス菌は「嫌気性菌」といって酸素を嫌う性質を持つ細菌で、密閉された瓶詰や真空パック製品で食中毒が発生しています。ボツリヌス菌の発見当時(19世紀末)はソーセージが原因になることが多く、ボツリヌスの語源はラテン語でソーセージを意味するボツルスbotulusだそうです。

 乳児ボツリヌス症は、食品中の毒素の摂取ではなく、芽胞(がほう)という状態のボツリヌス菌を摂取し、腸の中で発芽、増殖した菌が産生する毒素によって起こります。健康な大人がボツリヌス芽胞を食べてもなにも起きません。大人の腸には既に多様な腸内細菌が住んでいるため、ボツリヌス菌が増える余地がないのです。

 ところが赤ちゃんの腸内細菌の集まりはまだ未熟で、ボツリヌス菌が腸管に定着することがあるため、乳児ボツリヌス症が起こるのです。ほかにも「成人腸管定着ボツリヌス症」といって、大人でも消化管の病気があったり、抗菌薬を使用していて腸内細菌が状態が悪いときにはボツリヌス芽胞の摂取で病気が起きることがあります。

 食餌性ボツリヌス症は以前から知られていましたが、乳児ボツリヌス症は1976年にアメリカ合衆国ではじめて報告されました。わりと新しい病気と言えます。日本での最初の報告は1986年ですので、30年ぐらい前です。そのころには蜂蜜がボツリヌス芽胞に汚染されていることが知られており、翌年の1987年には厚生省が1歳未満の乳児に蜂蜜を与えないよう通達を出しています。

 以降、乳児ボツリヌス症の報告は減りましたが、ゼロにはなっていません。蜂蜜以外にも、自家製野菜スープ、井戸水、コーンシロップが原因とされる症例が過去にはありました。原因が特定できないケースもあります。ボツリヌス菌は環境中に広く存在していますので、完全に防ぐのは困難なのでしょう。また、蜂蜜を乳児に与えたからといって必ず病気になくなるわけではなく、むしろごくまれに運の悪いときにだけ乳児ボツリヌス症になります。そうは言っても、蜂蜜がなくても育児は十分可能ですので、乳児には蜂蜜を与えないようにしましょう。

 

<アピタル:内科医・酒井健司の医心電信・その他>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/sakai/(アピタル・酒井健司)

アピタル・酒井健司

アピタル・酒井健司(さかい・けんじ) 内科医

1971年、福岡県生まれ。1996年九州大学医学部卒。九州大学第一内科入局。福岡市内の一般病院に内科医として勤務。趣味は読書と釣り。医療は奥が深いです。教科書や医学雑誌には、ちょっとした患者さんの疑問や不満などは書いていません。どうか教えてください。みなさんと一緒に考えるのが、このコラムの狙いです。