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 日本の後を追うように経済成長と高齢者人口が急増してきている東南アジアや東アジア。武藤真祐さんは、シンガポールを拠点に、医療・介護のイノベーションを起こそうと事業展開してきています。この2年でシンガポールだけでなく、中国、台湾、マレーシアに展開しました。日本の医療・介護がこれらの国々を救うことができるのでしょうか。(アピタル編集部)

 

中国リスク

 最近、中国の北京の病院とMOU(覚書)を結びました。最初に海外に出る拠点として、シンガポールと同時に香港も考えましたが、中国リスクを考慮し、シンガポールにしました。それから2年が経過し、私たちの体制も整ってきたので、北京以外にも、上海の病院や台湾の病院ともMOUを結んでいますし、マレーシアの病院とも話が進んでいます。

 どこかの国に絞って展開していくというよりは、どこにどんなチャンスがあるか分からないので、それぞれで話を進めています。北京のMOUは、医療ツーリズムです。北京の病院が多くの中国人患者を検診のために日本に送りたいというものです。私たちはアドバイザー的な役割です。ただ、このような取り組みをきっかけに、中国の医療事情を知ったり、人脈を広げたりすることができます。例えば、中国では昨年、医師が病院の外で患者を診ることができるようになりました。実際に北京に行って、現地の医療者らと話しているとこういうことも分かってきます。そうすると、私たちもいろいろな事業展開をしているので、医療ツーリズム以外の事業と結びつけられる可能性が出ます。日本の医療や介護は、そのままでは海外に出ることは不可能です。自分の提供できるものを増やし、現地のニーズに高速に合わせていかなければなりません。

 北京の病院とは、医療ツーリズムを出発点にしていますが、すでに遠隔医療の話をしています。上海や台湾の病院とのMOUは、シンガポールで開発したICTを使った診療支援のプラットフォームの展開です。これらの地域では、在宅医療がまだ発達していないので病院内の診療を支援するシステムとして利用されます。

 

貧富の差

 以前のコラムでは「日本の高齢社会対策、実績はあっても世界の見本になれるわけではない」(http://www.asahi.com/articles/SDI201604043026.html)と書きました。シンガポールでの在宅医療の経験を踏まえ、日本に比べてアジアは貧富の格差が大きいので、日本の医療や介護のシステムをそのまま輸出できるのかと疑問を投げかけました。考え方は、あまり変わっていませんが、あのときと少し考えが変わった部分があります。

 仮に、提供される医療のレベルに「上」「中」「下」があるとすると、日本の医療は「中」がメインです。アメリカのように、ものすごくお金を払ってもいいから超高額な世界最先端医療を受けたいということは難しいです。一方、貧しい人たちにダウン・グレードした医療を提供することもしません。日本では貧富の差なく、誰でも受診することができます。日本の医療は、レベルでいうと「中」の幅の中で提供しているわけです。これはすごくいいことですが、シンガポールでやっている在宅医療の方が、世界の国々でも応用可能かと思います。

 シンガポールで開発を進めているロボットやICTを使った診療支援のプラットフォームについては、アジア展開の可能性があると思います。これらは、高付加価値なサービスですが、コミュニケーションもできるロボットを通じて、家に居ながら健康情報をクリニックにいる医療者に共有できます。例えば、健康状況を把握するためのセンサーは、日本だと公的医療保険が適用されるわけではないので、広く一般に普及させるのは困難です。もちろん、何十万人規模で使えば、コストは下がりますが、日本人は「中」レベルの医療に慣れているので、さらにお金を払ってプレミアムな医療を受けるという意識が低いと感じています。そのため、お金を払って、今以上に健康管理をしていくためのデバイスやサービスの普及は難しいでしょう。

 私たちがシンガポールで展開しようとしているロボットは、ソフトバンクが発売している「pepper」(ペッパー)のようなコミュニケーション機能だけでなく、健康管理のシステムにつながるロボットです。踊ったり、歌ったりいろいろなことができますが、その中で患者さんの顔を識別してこの患者さんには何を言ったらいいかということは判断できます。例えば、認知症の簡単な検査をするとか、そういうことも考えています。これは、シンガポールだけでなく、マレーシアや中国の富裕層もターゲットにしたサービスです。規模があれば安くサービスを提供できます。

 同じことは、「下」レベルの医療でも言えます。このレベルの医療を利用する人たちは、医療にあまりお金を払えない人たちです。中国の北京や上海など大都市部と農村部の医療には大きな差があります。それを補うために、中国では、医療のレベルが高い大都市の病院とレベルが高くない農村部の医療機関を結ぶ遠隔医療がものすごい勢いで普及してきています。つまり、遠隔医療を使うと、「中」レベルの医療を安く「下」レベルの医療しか受けられない地域や人々に提供していくことができるということが分かってきました。

 日本の医療は、悪くはありませんが、今までなら「コストを5分の1にして下さい」と言われてもそんな医療はできませんでした。しかし、遠隔医療の仕組みを使えば「中」レベルの医療を医療過疎と言われる地域に提供できる可能性がでてきます。また、より適切に医療資源を使うことができます。病状の変化を予測して早めに病院に通院するとか、病状が安定しているときは病院に来ないとか、介護をしている人にこの時間にちゃんと薬を飲むようにアラートを出すとか・・・。こういうことを実証するために、私たちは海外に出て行ったわけです。医療資源の効率的な運用が進みますし、海外で集まった知見は間違いなく日本でも使うことができます。

 

日本で難しい理由

 横並びが好きな日本人ですから、日本では最初から最後までやることは難しいですね。診療報酬で認めようとすると、増やす分、別な何かを削るという話になります。これを突破する方法は二つあります。「命に差をつけるのか」という議論がありますが、「高額な医療」については自己負担で行うようにしてもらうという方法です。効くか効かないかわからないような薬は、もう少し研究が進み、本当に効くという人だけに使う。もう一つは、今議論にあるようにかぜ薬や湿布といった医療機関以外でも患者が手に入るものは診療報酬の対象から外していく方法もあります。小泉政権の時に検討されましたが、うまくいきませんでしたが、そういうことも必要でしょう。

 

<アピタル:医療の実践型リーダーシップ・これからの医療>

http://www.asahi.com/apital/column/innovator/(アピタル・武藤真祐)

アピタル・武藤真祐

アピタル・武藤真祐(むとう・しんすけ) 医療法人社団鉄祐会祐ホームクリニック理事長

2002年東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。三井記念病院などにて循環器内科、救急医療に従事後、宮内庁で侍医を務める。その後マッキンゼーを経て、2010年医療法人社団鉄祐会を設立。2015年、シンガポールで「Tetsuyu Home Care」を設立し、同年8月よりサービス開始した。現在、東京医科歯科大学医学部臨床教授、厚生労働省情報政策参与も務める。INSEAD Executive MBA。