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 「一二六の七〇、上等です」「ここで血圧を測るといつも正常で、デイケアに行った時も、県立病院でもいつも高いんです」、そんな患者さんとの会話がたびたびある。

 「そうですか、血圧はいろいろになりますからね。慣れているところだといいのかもしれませんね」と、ぼくは答える。ぼくの診察室での血圧が低いのには、ちゃんと理由がある。

 診察室でひとしきり話をして、診察の終わりにぼくが患者さんの腕にマンシェットを巻いて測る。さあこれで診察が終わるという解放感もあるのだろう、「それでは血圧を測りましょうか」のぼくの言葉を、患者さんはゆったりした顔で聞いている。

 「自分で測る家での血圧が一番大事です」とはいうものの、診察室の血圧の値がいいと、患者さんは笑顔になる。まだまだほかにぼくの診察室には工夫がある。診察室で患者さんの椅子に背もたれがある。ぼくは以前から診察室の医者の座る椅子は肘掛けのある立派なもので、患者さんはくるりと回る丸椅子はおかしいと思っていた。

 診療所の改築の時に、待合室はひとり掛けの肘掛けの椅子にした。そして診察室の患者さんの椅子は背もたれのあるものにした。お年寄りに丸椅子は大変だし、危険だ。背中を聴診する時も、何の不便もない。診察室の棚にはこけしや土鈴、壁には季節の絵も飾っている。

 人間ドックで、ぼくは年に一回は診察室に患者として入る。丸椅子に座ったぼくは膝(ひざ)に手を置き小学生のようにかしこまる。医師の問いに、「はい、いいえ」でしか答えられない。ドックでもこれだから、患者さんの診察室での緊張は想像できる。診察は医療者には日常なのだが、患者さんには非日常の大変な時間なのだ。なるだけ普通の感じで、診察室でのやりとりをしたい。ぼくは不安が強く緊張する性格なので、余計にそう思う。小学生の時に風邪で近所の医院を受診した。緊張で心臓がパクパクしているのに、聴診器はぼくの胸をさっさと通り過ぎて行った。「この先生はきちんと心臓の音など聞いていないんだ」と、今でもその場面を覚えている。

 「この一カ月はどうでしたか」から診察が始まる。「変わったことはありませんでしたか」「これから近々の心配なことはありませんか」と話して、血圧を測る。

 「今日はよかったですね」と、診察を終わる心づもりなのだが、そのとおりにいかないのがまた臨床の面白いところ。「ちょっと高いですねえ。さっきの話以外には変わったことはなかったですか」と、問い直す。そして、またまた診察が長くなってしまうのだ。

 

<アピタル・診療所の窓辺から>

http://www.asahi.com/apital/column/shimanto/(アピタル・小笠原望)

アピタル・小笠原望

アピタル・小笠原望(おがさわら・のぞみ) 大野内科院長

1951年高知県土佐市生まれ。76年弘前大医学部卒、徳島大第一内科入局。77年高松赤十字病院内科。88年同病院神経内科部長。97年大野内科(旧中村市)。2000年同院長。「かかりつけ医としての在宅医療、神経難病、こころのケア」に、「四万十のゲリラ医者」として活動中。02年から朝日新聞高知版柳壇選者。