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 猛毒のボツリヌス毒素も使いようによっては薬になります。毒にも薬にもなると言えば、お酒もそう言われています。「酒は命を削る鉋(かんな)」なんて言葉がある一方で「酒は百薬の長」とも言ったりします。私もお酒は少々たしなみますので、できれば酒が体に良くあって欲しいと願います。しかし、願望ではなくデータを元にして考えなければなりません。

 大量のアルコール摂取が体に悪いという点については議論はありません。少量のアルコール摂取が体にいいかどうかについては議論があります。何万人といったたくさんの人を飲酒量別に長期間観察すると、まったくお酒を飲まない人と比較して、少量の飲酒者のほうが心血管疾患による死亡リスクや総死亡リスクが低いという研究があります。横軸を飲酒量、縦軸をリスク比としてグラフを描くと、少量飲酒者がややリスクが小さく、大量飲酒でリスクが大きく上がる曲線がアルファベットの〝J〟の文字に似ていることから「Jカーブ」と呼ばれます。

 日本人を対象とした研究の、とくに男性において、非飲酒者と比べて、少量飲酒者のほうが、総死亡、がん、心血管疾患のリスクが小さいことが示されています。

 海外の研究でも、とくに心血管疾患については同様の現象がみられます。単純に解釈すれば、少量の飲酒(日本人では、だいたい1日につき酒なら1合、ビールなら中瓶1本未満ぐらい)は体に良いということになりますが、注意が必要です。少量飲酒者のリスクが小さいとしても、少量の飲酒が小さいリスクの原因だとは限らないからです。相関関係があるからといって因果関係があるとは限りません。もしかしたら、因果関係が逆で、もともとリスクの小さい人が少量のお酒を飲んでいるのかもしれません。

 いま現在お酒を飲む習慣のない人の中には病気のためにお酒を止めた人が含まれ、そういう「禁酒者」のリスクが大きいことはわかっています。最近の研究では、かつてお酒を飲んでいたけど今はやめた禁酒者と、はじめからお酒を飲む習慣がなかった「非飲酒者」を区別して集計していますが、非飲酒者の中にも健康に不安があるため飲酒する習慣がなかった人が一定の割合で存在するでしょう。そうだとしたら、非飲酒群の見かけ上のリスクを上げることになります。

 また、少量飲酒者のリスクが小さいのは、少量のアルコールが体に良いからではなく、他の健康に良い生活習慣と関係しているから、ということもありえます。少量でも飲酒している人たちは、非飲酒者と比較して、お酒をたしなむだけの経済的余裕がある可能性が高いです。経済的余裕は、飲酒だけではなく運動や野菜の摂取などといった他の生活習慣とも関係し、そちらが小さいリスクの真の原因かもしれません。

 飲酒と各種リスクの関係を調べる研究では飲酒以外の要因の影響をなるべく取り除くようにはしていますが、影響をゼロにすることはできません。なので、結果の解釈にはあいまいさが残ります。少量ならお酒は体に良い可能性があるとまでは言えますが、断言はできません。いまお酒を飲んでいない人は、健康を目的として少量を飲酒を開始することはお勧めできません。大量飲酒が体に悪いとは断言できますので、健康になりたい人は禁酒もしくは酒量を減らすことをお勧めします。

<アピタル:内科医・酒井健司の医心電信・その他>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/sakai/(アピタル・酒井健司)

アピタル・酒井健司

アピタル・酒井健司(さかい・けんじ) 内科医

1971年、福岡県生まれ。1996年九州大学医学部卒。九州大学第一内科入局。福岡市内の一般病院に内科医として勤務。趣味は読書と釣り。医療は奥が深いです。教科書や医学雑誌には、ちょっとした患者さんの疑問や不満などは書いていません。どうか教えてください。みなさんと一緒に考えるのが、このコラムの狙いです。

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