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 在宅医療には、ケータイは必需品。百歳を超えた患者さんからの直接の質問に笑って答えたり、家族からの急な連絡がある。

人工呼吸器を着けて十年を超えた、筋萎縮性側索硬化症の患者さんの妻からだった。「先生、熱が三十八度三分です。どうしましょう」とのこと。

一週間前から微熱があり抗生剤を追加していたのだが、とうとう困った場面になった。先日訪問した時には、「大丈夫ですか」と帰り際に問うぼくに、患者さんがぼくをしっかり見てまばたきで答えてくれたばかりだった。

 胃瘻(いろう)から手持ちの解熱剤の注入をお願いして、ぼくが点滴をすることにした。同じ日、診療を始めたところで、ポケットのケータイに着信があった。十九年を脳卒中で寝たきりの患者さんが、発熱とのこと。元看護師の妻が的確に病状を報告してくれる。

 どういうわけか、こんなことは週末に多い。土曜日の診察を終わって二軒を回ることにした。とくに、人工呼吸器の患者さんは、入院するか在宅のままかを迷った。手足が動かず、まばたきだけの意思伝達だから、病院でも休日の受け入れは大変だろう。抗生剤の点滴を二日間してから、これからを決めることにした。ここのところずっと平和に過ごしていたのだが、ケータイが鳴ってから緊迫の場面になった。

 週末を、太平洋に沿う国道を片道四十分、二往復した。四万十川の堤防を往診車で走るのも好きだが、太平洋を見ながらの運転もこころが溶けてゆく感覚になる。

 それからも、診療前と終わった夜に、電話を繰り返した。その電話に介護する家族が明るく答えてくれる。

そんな時、九十三歳の認知症で寝たきりの患者さんの胸が腫れて熱もあると、ケアマネジャーからケータイに連絡があった。受診してもらって、検査した。この患者さんも胃瘻からの薬の注入を指示した。ここから、朝夕は電話の「どうですか」を三軒に繰り返すことになった。

 波乱の日々は長くは続かない。「もう完治しました。心配ないです」と、脳卒中の患者さんの妻がきっぱり言う。

「ありがとう先生。母は元気。先生、そんなに心配して電話かけてこなくてもいいよ」と、胸の皮下出血の患者さんの娘が笑う。最後まではらはらした人工呼吸器の患者さんも、「今までの薬だけでいいみたい」と、妻の相変わらずの明るい声で、一段落。

 かくして二週間にわたる「乱」は、めでたく終結した。ポケットのケータイが少し暇になった。それにしても大変な介護の現場の家族の、電話での明るいやりとりにいつもぼくは励まされている。

 

<アピタル・診療所の窓辺から>

http://www.asahi.com/apital/column/shimanto/(アピタル・小笠原望)

アピタル・小笠原望

アピタル・小笠原望(おがさわら・のぞみ) 大野内科院長

1951年高知県土佐市生まれ。76年弘前大医学部卒、徳島大第一内科入局。77年高松赤十字病院内科。88年同病院神経内科部長。97年大野内科(旧中村市)。2000年同院長。「かかりつけ医としての在宅医療、神経難病、こころのケア」に、「四万十のゲリラ医者」として活動中。02年から朝日新聞高知版柳壇選者。