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 保険適応になっていない治療を提供するクリニックがあります。一見すると効果が期待できそうに見せかけていますが、ほとんどの場合は高額なわりにはエビデンスに乏しいです。しかし、完治が難しい進行したがんの患者さんが、効果が不明確でもこうした治療を受けたくなる気持ちはよくわかります。

 「どうせ治らないのであれば、どんなにわずかでも治る可能性のある治療を受けたい。ダメでもともと、失うものはない」

 私自身や家族が難しい病気にかかったら同じように考えてしまうかもしれません。でも「失うものはない」というのはちょっと違います。失うものはあるのです。自費診療による治療は高価ですが、お金を持ってあの世には行けませんので、これはいいでしょう。お金よりもずっと価値のあるものも失います。時間です。

 自費診療のクリニックを受診して治療を受けるために費やした時間は、他のことに使えたはずです。旅行を楽しむ、映画を見る、美味しい食事をする、親しい人に会いに行く、自宅でゆっくりと家族と過ごす、などなど。余命が短い人にとって時間はなにより大切です。

 元気なときなら何でもなかった日常が貴重なものになっていきます。自費診療の治療を受けるかどうか迷ったときは、値段だけではなく、大切な時間を対価として差し出すだけの価値があるだろうか、ということもよく考えてみましょう。

 熱心な患者さんやご家族は、どこかに完治する治療があると信じて、あちこちのクリニックを受診します。ときには移動だけで何時間もかかるような遠くまで行くこともあります。それで効果がなくても満足であるのならいいですが、「最期の大切な時間をただ治療するために使ってしまった」と後悔するようなことのないように願います。完治だけを目標にすると、辛いことになる可能性が高いです。人は必ず死ぬのですから。

 それではあまりにも希望がないというご意見もあるでしょう。では、希望のある情報もお教えします。予後の予測は難しく、予想よりもがんの進行が遅かったり、ほとんど進行が止まったり、それどころか、きわめてまれですが「自然退縮」といって進行したがんが自然治癒することすらあります。

 自然退縮を起こす方法はわかりません。「○○を食べれば免疫力が活性化して自然退縮を起こす」といった主張をよく聞きますが、根拠はありません。ただ、積極的な治療がなくなったからとまったく希望がゼロなわけではないことだけは知っておいてください。人の体は複雑でわかっていないことだらけです。「ダメでもともと」なんて考えなくてもいいのです。

<アピタル:内科医・酒井健司の医心電信・その他>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/sakai/(アピタル・酒井健司)

アピタル・酒井健司

アピタル・酒井健司(さかい・けんじ) 内科医

1971年、福岡県生まれ。1996年九州大学医学部卒。九州大学第一内科入局。福岡市内の一般病院に内科医として勤務。趣味は読書と釣り。医療は奥が深いです。教科書や医学雑誌には、ちょっとした患者さんの疑問や不満などは書いていません。どうか教えてください。みなさんと一緒に考えるのが、このコラムの狙いです。

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