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 生まれつき肺の毛細血管が細く、酸素を取り込めない女の子(1)は、生まれてからずっとチューブで酸素と一酸化窒素を取り込みながら病院のベッドで生活してきました。肺を移植するしか治る方法はなく、移植希望者として肺が提供されるのを待つことにしました。ただいつ提供されるかわからない中、家族は病院から出たことのない女の子を家に連れて帰ろうと決めます。その直後の今年5月、脳死と判定された6歳未満の男の子の肺が女の子に提供されることになりました。岡山大病院で肺の移植手術を受けた女の子はいま、家族とともに暮らしています。

「明日死ぬかも」何度も 移植待つ日々

 7月初旬、岡山市は最高気温が34度を超す暑い日だった。JR岡山駅から新幹線に慌ただしく乗り込む家族がいた。

 個室に落ち着くと、父親(52)に抱かれた女の子(1)はぐずりもせず、車窓から見える緑の山々をじっと見つめていた。だが、しばらくすると疲れたのか、眠ってしまった。

 その姿をしげしげと眺める兄(4)に、母親(39)は「初めてだもんねえ」という言葉を何度も口にした。両親、兄、女の子の家族4人。全員そろって過ごすのはこの日が初めてだった。

 「こんな生活感あふれる時間を過ごしたのも初めてだし、お兄ちゃんの大好きな新幹線に、妹と乗るのも初めて。兄妹なのにずっと離れ離れで不憫(ふびん)だった。こうして一緒にいる光景が信じられなくて」

 隅には、部屋の3分の1を占めるほどの荷物が積み重なっていた。スーツケース二つ、ボストンバッグ一つ。紙袋にはおむつやマスク、水が入ったボトル。単なる家族旅行ではなかった。

 女の子はこの日、岡山大学病院(岡山市)を退院し、生まれて初めて外の世界に出た。元いた別の大学病院でしばらく様子を見た後、自宅に帰る予定だった。

 

     ◇

 生まれつき、酸素と二酸化炭素を交換する肺の組織「肺胞」の毛細血管が極めて細く、酸素を十分に取り込めなかった。「明日死ぬかもしれない」と言われるような重篤な状態を何度も経験していた。生まれてからずっと管につながれながら、病院のベッドの上で約1年半を過ごしてきた。

 血液がうまく肺に流れず、心臓がより強く血液を流そうとするため、肺動脈の血圧が上がる肺高血圧の症状が出ていた。

 少しでも酸素を多く体に取り込むため、血管の筋肉を緩める一酸化窒素を一緒にカニューレ(管)で取り込み、血の流れをよりスムーズにするために血管拡張剤も点滴で入れていた。だが、ちょっとしたことで肺に酸素が十分いかなくなり、死と隣り合わせの状態に何度も陥った。

 いずれも対症療法で、血管の形状を直すような根治療法は今のところない。管を外して家族と一緒に家で暮らすには、「肺を移植するしかありません」と担当医に言われていた。臓器提供を受けるための登録をし、移植手術を待つことにした。

 1歳の女の子に移植できる肺は通常、同じように小さな子から提供を受けるほかなく、脳死状態で取り出さないと提供ができない。6歳未満の子からの脳死の臓器提供は当時国内で6例しかなく、移植手術を受けられる確率はきわめて低かった。

 「こんな張り裂けそうな気持ちで多くの人が移植を待っているなんて知らなかった」と父親は振り返る。「移植の話が来る前にこの子の命が尽きるのなら、この子の臓器を提供しようと思っていた」

     ◇

 知らせは、前触れなくやってきた。

 5月、祖母宅に兄と来ていた母親は、携帯電話の不在着信に気づいた。女の子が入院している大学病院の担当医からだった。

 「ドナー(臓器提供者)が現れました」。肺を提供したのは6歳未満の男の子だった。

 体がゾクッと震え、思わず叫びたくなった。祖母に伝えると「ほんと?」。90歳近い曽祖母は泣き出した。職場で残業していた父親は知らせの電話に「えっ」と大きな声を上げると絶句した。母親は、様々な思いがこみ上げてきてその晩は寝られなかった。「心がありがたさでいっぱいになった」

 翌日、女の子を乗せた車が岡山大学病院へ向かった。担当医や看護師のほか、両親も同乗した。

 肺が到着するとまもなく、女の子への移植手術が行われた。国内での脳死肺移植としては最年少だった。

 人工心肺装置が取り付けられた女の子の胸が開かれ、肺が取り出された。そして男の子から提供された二つの小さな肺が、一つずつ収められた。執刀医の大藤剛宏(おおとうたかひろ)教授(50)は拡大鏡を使い、女の子の血管や気管支を肺に縫いつけていった。縫合を済ませた肺には女の子の血液が流れ、呼吸が始まると、膨らんだりしぼんだりを繰り返した。

 女の子の体の中で、男の子の肺が再び動き始めた。

 

治療でも戻らず 肺の難病とわかる

 5月に岡山大病院で肺の移植手術を受けた女の子(1)は2015年、西日本の産婦人科医院で生まれた。出産直後、母親(39)は女の子を抱いた時、「えらい紫色の顔をしているな」と思った。

 そのまま保育器に入った。ベッドで寝ていた母親は、看護師が脇で「保育器が壊れているのかな」と話すのを聞いた。酸素が体に取り込まれていないようだった。

 産婦人科医の判断で、生まれたその日に女の子だけ地元の総合病院に移った。総合病院の医師は最初、女の子の症状を「肺気胸」と説明した。肺呼吸を始めた時、何らかの原因で肺から空気が漏れたのではないかという。翌日、容体が悪化し、大学病院の新生児集中治療室(NICU)に転院した。

 「肺高血圧症だと思います。退…

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