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 親しい人が亡くなり、その人が臓器提供したと知ったら、皆さんは何を思うでしょうか。

 「提供の意思を書面で残していたのだろうか」「家族がみんなで決めたのかな」などと考えるかもしれません。ただその前に「どうして提供したんだろう」と驚く人もいるのではないでしょうか。

 今回の取材を通じ、脳死を人の死として臓器提供を認める法律が施行されて20年がたった今も、社会はなお、臓器提供を特異なケースと見ているように感じることがありました。

 取材をする私自身がそうだったのかもしれません。

 今年5月、臓器提供ドナーとなった男性(33)の妻(31)への取材中のことでした。「臓器提供の話は、本人を知る人たちとでさえ、あまりすべきことではないのでしょうか」と聞かれ、私はすぐに答えられませんでした。

 取材する私自身が臓器の提供に対してどう考えているのかを問われている気がしました。しかし、「脳死を人の死と捉えるかどうかなど、人によっていろんな考えがあるかもしれません」と言うことしかできませんでした。

 女性は夫の告別式の際、夫の臓器が病気を抱えている人たちのもとに渡ったと話そうと考えていたそうです。「彼をよく知る人たちに、最期まで頑張ったことを伝えたい」という思いからでした。

 ただ、「臓器提供についてはいろんな受け止め方がある」という助言や、1歳の長男のことを考えた末、告別式の場では説明を控えたそうです。

 女性はそれまで、特に臓器提供や移植医療について詳しいわけではありませんでした。今回、夫がドナーになって初めて、脳死による臓器提供が年間50件程度と知り、「これほど少ないことなのか」と驚いたそうです。

 男性が入院していた藤田保健衛生大病院(愛知県豊明市)の病棟内では、臓器提供への協力を呼び掛けるポスターをたくさん見かけました。その脇には院内のコーディネーターの名前も記されていました。「あちこちに掲示してあるとは、すごいな」と驚きながら歩きました。

 病院では、脳死となりうる患者さんの家族に対し、臓器提供が選択肢の一つであることを必ず伝えています。

 星長清隆学長は「移植を受けるのが患者の権利なのと同じく、臓器を提供するかしないかは、患者さん自身の権利。患者家族に言いづらいからといって、選択肢を示さないのは、患者さんの権利を奪うことに等しい」と言います。

 この言葉に、女性から投げかけられた疑問に対する答えを見つけたような思いがしました。

 夫の臓器提供を決めた女性にとって、希望となったのは、移植コーディネーターを通じて臓器提供を受けた人たちが元気になったり、退院したりしたことを知ったことだそうです。身近な人たちと臓器提供や移植について話し、「提供したくない」という思いも含めて、もっと話せるようになって欲しいと思います。

 

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<アピタル:患者を生きる・移植>

http://www.asahi.com/apital/special/ikiru/(宮島祐美)