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 「先生、楽になってよかったねえ」。診察室に入って来る患者さんがにっこりして、ぼくに言う。診療所に待望の若い内科医師を迎えた。しばらくは週二回、県立病院の診療に出向くのだが、二人体制になると気持ちが違う。困ったら相談できるので、ずいぶん気が楽になった。

 それでも毎日の診療は、すれすれの綱渡りの場面が続く。なじみの患者さんたちがみんなそれぞれに歳をとってくる。車の運転をいつまでするか、一人暮らしをどこまで続けるか、話を聞きながらぼくのこころも重たくなる。「その時はその時、また相談しましょうよ」と、ぼくのいつもの楽観のひと言で話を終わることが多い。

 「家族の方が挨拶に来ています」と、職員が診察の合間に名前を書いたメモを持ってきた。このあいだ診察に来たばかりの人だった。患者さんは九十歳で、脳梗塞後の認知症。熱が出て、数日点滴に通っては回復するのをここ二、三年繰り返していた。

 言葉が通じにくい患者さんの通訳のように、小柄な妻がいつもぼくに状態を説明してくれた。今年の春、施設に入所した。入所しても、妻が付き添っての受診が続いた。その妻が娘と一緒に来てくれた。

 「先週、食事中に急に様子がおかしくなって救急車で運ばれたのですが、もうそのままでした。先生には何回もいのちを助けていただいてありがとうございました」。妻は静かにぼくに言った。高熱で受診する時は、いつも入院がいいかどうかを迷った。「明日も連れてきます」と、そんな時にはぼくの迷いをさえぎるように、妻がきっぱりと口にすることが続いた。すれすれを何回もすり抜けてきた。それと比べての最期のあっけなさを妻は口にした。

 「鏡にうつった腰の曲がった自分を見ると嫌になります。自分が情けない」と、点滴室で横になっている九十一歳の患者さんは言う。「腹が張るのも腰のせいというけれど、辛い」とも。

 うんうんと聞いていると、「先生が言うように腰は曲がっても堂々と生きていったらいいんですね」と自分に言い聞かせるように言う。「転ばんように、風邪をひかんように」のいつもの診察を終わるぼくの言葉ににこっとした。

  特別養護老人ホームに入所中の患者さんも、車椅子で来る。「食事の量が少ない」「熱が続く」、病院に入院をお願いするか、施設で粘るか迷うことが多い。施設の職員には申し訳ないのだが、なんとかかんとか入院をしないですむことが多い。

 みんなすれすれを生きている。病気であろうとなかろうと。やわらかなやりとりの中の緊張を感じつつ、診療所の季節が巡ってゆく。

 

<アピタル・診療所の窓辺から>

http://www.asahi.com/apital/column/shimanto/(アピタル・小笠原望)

アピタル・小笠原望

アピタル・小笠原望(おがさわら・のぞみ) 大野内科院長

1951年高知県土佐市生まれ。76年弘前大医学部卒、徳島大第一内科入局。77年高松赤十字病院内科。88年同病院神経内科部長。97年大野内科(旧中村市)。2000年同院長。「かかりつけ医としての在宅医療、神経難病、こころのケア」に、「四万十のゲリラ医者」として活動中。02年から朝日新聞高知版柳壇選者。