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 日本では出された食べ物を残さず食べるのは美徳とされています。食物アレルギーならともかく、食べ物の好き嫌いは単なるワガママとみなされがちです。先日、小学校で給食を全部食べるような指導があったというニュースがありました。

 私が小学生のときもこういう指導はありました。幸い、私は好き嫌いが少なかったので指導されることはありませでしたが、嫌いなものがあったり食が細かったりする友人が給食を残すことを許されず、給食の時間が終わって昼休みになっても遊べなかったことがありました。

 確かに、食べ物を残すのはもったいないことですし、好き嫌いなく食べられるほうが栄養バランスのよい食事ができるでしょう。小学校の先生たちも生徒が憎くて指導したわけではないのはよくわかります。でも、食が細ければ最初から少なく配膳すればいいですし、苦手なものがあっても「野菜全部がダメ」という極端な偏食でもない限り代わりのものを食べればいいんです。

 そもそも、なぜ食べ物の好き嫌いがあるんでしょうか? ヒトが進化してきた過程において、「あれが嫌い」「これが食べられない」とか好き嫌いを言っていたら生存に不利になって淘汰されるはずでは? 好き嫌いは、ある程度は文化背景や家庭のしつけの影響はあるものの、それ以外に生物学的な理由もあると私は考えています。

 「味覚嫌悪学習」といって、有害な食べ物を避けるための身体の仕組みがあります。味覚嫌悪学習は、最初はネズミの実験で証明されました。実験的にネズミに甘味料(無害)を含む水を与えた後、体調不良を起こす処置(放射線照射や毒物投与など)をほどこすと、ネズミは甘味料の味を嫌うようになるのです。自然界にはさまざまな毒物があります。ある食べ物を食べた後に体調不良を起こしたら、次からはその食べ物を避けることで身を守るのです。大事な点は、甘味料そのものが体調不良の原因でなくても、甘味料の味を経験した後に体調不良が起きれば、ネズミは甘味料を避けるようになることです。

 人間にも味覚嫌悪学習が生じることがわかっています。また、子どもはしょっちゅう病気になって体調不良を起こします。もしかしたら、たとえばニンジンが嫌いな人は、ニンジンを食べた後たまたま体調不良を経験したせいでニンジンを食べられなくなったのかもしれません。そうだとしたら、ニンジンが嫌いなのは、親の育て方のせいでも本人のワガママでもなくたまたま運が悪かっただけだということになります。同じような食生活で育った兄弟で嫌いな食べ物が違うのも、味覚嫌悪学習のためだと考えれば説明がつきます。

 嫌いな食べ物があるのが味覚嫌悪学習のせいなら、これはもう長い進化の過程でヒトが身に付けた生物学的な防御反応なので、無理に給食を食べさせようとしたぐらいでは治りません。それどころか、嘔吐するほど食べさせると味覚嫌悪学習でますますその食べ物を嫌いにさせかねません。

 子どものころは苦手だった食べ物も、大人になったら平気になることもよくあります。一気に苦手なものを克服しようとはせず、少しずつ時間をかけたほうがいいのではないかと思います。

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(アピタル・酒井健司)

アピタル・酒井健司

アピタル・酒井健司(さかい・けんじ) 内科医

1971年、福岡県生まれ。1996年九州大学医学部卒。九州大学第一内科入局。福岡市内の一般病院に内科医として勤務。趣味は読書と釣り。医療は奥が深いです。教科書や医学雑誌には、ちょっとした患者さんの疑問や不満などは書いていません。どうか教えてください。みなさんと一緒に考えるのが、このコラムの狙いです。

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