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 認知症が中等度になると出やすいのが「被害感」や「もの盗られ妄想」といった心理・精神面の症状です。かつては「周辺症状」と言われましたが、今はこの表現は使われなくなりました。認知症の初期にこうした症状に悩む人に目を向けるために、心理症状と行動障がいを合わせた概念として「BPSD」と表現するようになりました。今回はBPSDの心理・精神面について考えてみましょう。

 

 「BPSD」とは、「認知症の行動心理症状(Behavioral Psychological Symptoms of Dementia)」を意味します。かつては、「中核症状」である物わすれや、場所・時間の見当能力の低下が先に始まり、その後に精神面の混乱といった「周辺症状」がみられるようになるという概念でした。初期には物わすれだけで、その後、中等度になると初めて不安や気分の沈みが出ると考えられていたのですが、今は次のように理解されています。

 たとえ、認知症が初期で、中核症状(物わすれや了解の悪さ)がそれほど進んでいなくても、気分の沈みや不安などの症状が出る人もいます。たとえばレビー小体型認知症の初期にも、うつ状態のような精神面の症状が出ます。中等度ではそれまでの不安感や気分の沈みといった初期のBPSDは影をひそめ、その代わりに「物とられ妄想」、「被毒妄想(食事に毒を盛られたと思い込む)」などの症状が出やすくなります。

 また、BPSDは必ずしもすべての人に出るわけではないことがわかっています。私のクリニックは「物わすれ」が気になる人の受診も多いためか、BPSDが出ている人は、通院している患者さん1005人の中で376人(37.4%)にとどまっています。(2017年9月時点)

 BPSDは脳の血管が詰まることや脳細胞が萎縮することによって出てくる症状である一方で、本人をケアする側の態度や気持ちが影響します。否定的な気持ちや疑うような態度が、本人に非言語的なメッセージとして伝わって、BPSDが激しくなることもあります。外の世界から見ると混乱しているようでも、本人が体験している世界からみると「あたりまえの反応」であることもあるのです。

 

 血管性認知症がすすみ、現在では長谷川式スケールが11点(30点満点で、20点以下は認知症要注意)の高橋恵三さん(仮名)は79歳の男性です。彼は26年前に糖尿病と診断され、内科に通院してきましたが、4年前、周囲に訴える被害感が激しくなってきました。高齢の男性が認知症になっても一人で生活していたことにも驚きですが、彼自身は「自分でなんでもやれる」と思っています。

 成年後見制度という本人にかわって親族や第三者が財産を管理する制度を使っていて、今では司法書士が後見人になっており、日常の生活(金銭面)には困りません。良いケアマネジャーさんが適切にデイサービスやホームヘルパーをつけてくれることもあり、日々の生活は安定していました。

 ところが、ある夏を境に一気にBPSDが表面化しました。ホームヘルパーさんを「あんた、わたしのお金とっただろう」と責め続けるようになり、ヘルパーさんも自宅訪問ができません。もの盗られ妄想が激しくなるにつれて、高橋さんは誰に対しても疑心暗鬼になって会おうとしなくなりました。

 司法書士は困って知り合いの内科医に往診を頼みました。内科医は認知症サポート医でもあったため、地域の病院の認知症専門医(精神科)に相談をしました。しかし、高橋さんはどうしても精神科の外来へは通院してくれません。興奮して「なんで俺が通院しないといけないのか」と拒否します。対応は往診を頼まれた内科医に託されました。彼は専門医からアドバイスを受けて向精神薬を試すことになりました。そして、なんとか説得して、高橋さんに頭部のCTを撮影することに同意してもらいました。

 検査の結果、脳内にいくつもの小さな梗塞(血管の詰まり)があることがわかりました。それが原因で、血管性認知症が悪化し、被害感や混乱が起きていることが推測されました。専門医からその結果を聞いた内科医は「BPSDを抑えないともっと悪くなる」と考えて、向精神薬を増やした結果、高橋さんは次第に落ち着きを取り戻しました。

 3日後、やっと家に上がることを許されたホームヘルパーが高橋さんを訪ねました。いよいよ今日から夕食を作ってあげられます。この1か月でやせ細ってしまった高橋さんの役に立てると思うと、ホームヘルパーも使命感にあふれて訪問し、契約時にあずかった鍵で家に入りました。

 「高橋さん、ホームヘルパーです。今日からよろしくお願いします」

 返事がありません。風呂場で倒れているような事態が起きているかもしれないと思ったホームヘルパーは思わず彼の部屋のふすまを開けました。すると、髙橋さんが仏壇の妻の遺影に向かって話をしているところでした。

 「おまえがいなくなってからも、おれは一人で頑張って来たんや。でも、ときどきみんなに迷惑をかけている。自分では覚えていないけど暴れたこともあるらしい。どうしても隣の人が金を持って行ってしまう気がするおれはおかしくなったんやろか。人に迷惑をかけたくない。人に迷惑だけはかけたくない。これまでお前と世間様や子供たちにだけは迷惑かけないで生きていこうと思ったのに…」

 高橋さんはホームヘルパーに気づかず、遺影に向かって泣きながら話し続けました。ホームヘルパーもこれまで、高橋さんは病気のために何もわからなくなっていると思い込んでいたことに気づきました。彼の中にはこれほど鮮やかな感情が残っていました。その後、ヘルパーの連絡を受けて開かれたサービス担当者会議で、その場に集まった支援者は高橋さんの「こころ」を知りました。

 

 認知症になったとしても、たとえ一時的に被害感が出たとしても、高橋さんの全人格が変わってしまうのではありません。彼の中に、気丈さと他人への思いやりがあることに気づいたホームヘルパーは、胸に熱いものがこみあげてくるのを押さえることができませんでした。

 「できないこと」をしっかりと見定めて、その人への医療やケアをすることが大切であるだけでなく、「それでも彼にできること」にも目を配ることで、高橋さんの思い、気持ちに寄り添うケアができるものです。

 

<アピタル:認知症と生きるには・コラム>

http://www.asahi.com/apital/column/ninchisyou/

 (アピタル・松本一生)

アピタル・松本一生

アピタル・松本一生(まつもと・いっしょう) 精神科医

松本診療所(ものわすれクリニック)院長、大阪市立大大学院客員教授。1956年大阪市生まれ。83年大阪歯科大卒。90年関西医科大卒。専門は老年精神医学、家族や支援職の心のケア。大阪市でカウンセリング中心の認知症診療にあたる。著書に「認知症ケアのストレス対処法」(中央法規出版)など