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 「放射性物質」と「タバコ」の「がん発生リスク」について、皆さんは、どう感じますか?東日本大震災後に話題となった放射性物質よりも、実際にはタバコの方が発がんリスクは圧倒的に高いことがわかっています。ですが、タバコよりも放射性物質に対する不安や恐怖を強く感じている人は多いのではないでしょうか。今回は、人の感情が認知(解釈や判断の仕方)へ与える影響について考えてみたいと思います。

 

▼人は情報を受け取る際、恐怖・不安など「感情」の影響を受ける

▼感情の影響を悪用した「極論」には注意が必要

▼リスクを過大視してしまうケースによる認知の歪みにも気をつける必要がある

 

 いきなりですが、質問です。

 次に挙げる食品による窒息のリスクは、どちらが高いでしょうか?

 

 皆さん、どう考えますか。

 講演会や学生への講義でこの質問をすると、「こんにゃくゼリー」の方が窒息のリスクが高いと思っている人が多いようです。では、実際にはどうなのでしょうか。

 食品安全委員会が公表した資料(※1)によると、1億人がその食品を一口、口に入れたときに窒息事故がおこる頻度を一定の方式で算出すると、次のようになります。(単位:×10のマイナス8乗)

 

(1) 餅(もち)   :6.8~7.6

(2) 飴(あめ)   :1.0~2.7

(3)-1こんにゃくゼリー:0.16~0.33(内閣府データ)

(3)-2こんにゃくゼリー:0.14~0.28(消費者庁データ)

(4) パン      :0.11~0.25

 

 実は、数字だけでみると、「餅」や「飴」の方が、こんにゃくゼリーより窒息のリスクは高いことが分かります。しかし、2007~08年頃、こんにゃくゼリーで子供や高齢者が窒息事故を起こしたことをきっかけに、連日、各種メディアで大々的に報道されました。そのようなことから、多くの人が「こんにゃくゼリーは危険」と誤った認識をしてしまったのかもしれません。あるいは、餅や飴と比べて、こんにゃくゼリーは馴染(なじ)みが薄く、リスクを過剰にとらえてしまったのかもしれません。

 このように、正確に数値でリスクを示されても、個人個人がその対象に抱く感情などによって、リスクに対する人の認知(解釈や判断の仕方)が異なってくることがあります。

 

「極論」に潜む罠

 大量の情報があふれている中、情報を発信する側は、注目を浴びて少しでも多くの人に読んでもらおうと、過激なタイトルや「極論」とも言えるような内容の情報を発信することがあります。

 実際、皆さんも、さまざまな極論を目にすることがあると思います。中には、あきらかに「虚偽」「捏(ねつ)造」など誤った情報も散見されます。こうした極論の内容が含まれる情報を、「希望」系と「恐怖」系に分類してみます。

 

 さらに、このような情報には、共通しているパターンとして以下のような特徴があります。

 

◎ものごとを白黒つける

例)マイナスイオンは体に良く、プラスイオンは体に悪い

例)手作り料理は体に良く、コンビニ弁当は体に悪い

 

◎ものごとを単純化する

 例)水道水を飲むと癌になる

 例)サラダ油を使うと早死にする

 

◎感情を揺さぶる

 例)希望系:病気に悩んでいる人に希望を与える(安心感)

 例)恐怖系:命にかかわることを突きつけ脅迫する(不安感)

 

 特に最後の「感情を揺さぶる」という点が重要です。人間誰しも、感情が揺さぶられると、正常な判断ができなくなることがあります。

 そして、さらに情報を読み進めていくと、「世の中の裏側の仕組みを知ってしまった、あなただけに解決策をお教えします!」などと銘打った高額なセミナーが案内されていることがあります。あるいは、都合よく解決してくれるような商品(健康食品、健康器具)の宣伝に行き着くこともあります。

 つまり情報を発信する側の意図を注意深く読み解いていくと、情報はタダ(無料)であっても、その情報を通じて何かしらの商売をして儲けようとしているのかもしれません。

 

 「これだけで解決!」「これを食べるべき!」

 「超危険!」「これをしてはいけない!」

 そんなタイトルや記事を見つけたら、冷静な姿勢で向き合って、裏に隠された「罠」に注意を払ってみてください。

 

「リスク」を過大視してしまうケース

 リスクコミュニケーション分野における教科書である「Risk Communication and Public Health(Oxford University Press)」には、人がリスクを過大視してしまうケース、つまり「バイアス(偏り)」が起こりやすい条件や背景などを以下のようにまとめています。

 

 

 つまり、リスクを過大視してしまう条件がそろうと、人は感情が揺さぶられ、必要以上にリスクを恐れてしまう事態に陥る可能性があることを意味しています。

 放射性物質に当てはめてみましょう。

 ・放射性物質は意図せず被曝する(一方、タバコは自らの意思で吸っています)

 ・福島第一原発周辺の人は被害を受け、それ以外の地域に住んでいる人は被害を受けない(不公平な分配)

 ・個人で予防策をとっても逃れられない

 ・放射性物質による影響は、これまであまり注目されておらず、震災後に新たに発生したリスクである(馴染みがない新規の原因)

 ・原子力発電所からの放射性物質は人工的・人為的である

 ・がんの発生リスクは、被曝直後というわけではなく、何年も経過してから判明してくる(不可逆的な損害)

 ・子供や妊婦、将来の世代にわたって被害を及ぼす

 といった具合に、多くの項目でリスクを過大視してしまうケースに合致しています。

 他にも「食品添加物」「食器からの溶出物質」「ダイオキシン」「農薬の残留」「遺伝子組み換え食品」などと聞くと、何となく危険なものと感じてしまう人が多いのではないでしょうか。もしかすると、前述の「こんにゃくゼリー」もあてはまりそうです。

 「人は感情の生き物である」

 誰の言葉か忘れてしまいましたが、ものごとに対する解釈や善し悪しの評価・判断をくだす際に、感情の影響は決して無視できません。「理屈では分かっているけども、納得できない」ということは誰しも経験があると思います。ですが、感情に振り回されてしまう事態に陥ってしまうのは考えものです。ありもしないことを、いろいろと心配しすぎる「杞憂(きゆう)」という中国の故事もあります。

 ただ、「放射性物質」「食品添加物」「残留農薬」「遺伝子組み換え食品」などに対して、不安な気持ちや恐怖を持つことを否定しているわけではありません。大切なことは、まずリスクを数値で正確に知ることです。ほかのリスクと比較することも重要です。

 その手間を惜しみ、ほぼゼロに近いリスクに対して必要以上に不安や恐怖を感じてしまった結果、ベネフィットのことを無視してしまったり、理性的な判断ができなくなってしまったりすることを避けてもらえたらと思います。これは、リスクを国民に伝えるメディアの方たちにも、記事を書くときに注意してもらいたいことです。

 世の中や身の回りのリスクについて考えるとき、自分自身の解釈や判断が、もしかしたら、今回ご紹介した11の項目にあてはまっていないかどうか、参考にしてみてはいかがでしょうか。

 

【参考資料】

※1)食品安全委員会:「食品による窒息事故についてのリスク評価を行いました」食品安全 Vol.24, p2-3, 平成22年10月(http://www.fsc.go.jp/sonota/kikansi/24gou/24gou_1_8.pdf別ウインドウで開きます

 

<アピタル:これって効きますか?・健康・医療情報の見極め方>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/kiku

 (アピタル・大野智)

アピタル・大野智

アピタル・大野智(おおの・さとし) 大阪大学大学院准教授

大阪大学大学院医学系研究科統合医療学寄附講座 准教授/早稲田大学ナノ・ライフ創新研究機構 客員准教授。1971年浜松市生まれ。98年島根医科大学(現・島根大医学部)卒。主な研究テーマは腫瘍免疫学、がん免疫療法。補完代替医療や健康食品にも詳しく、厚労省『「統合医療」情報発信サイト』の作成に取り組む。