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 日常生活から「車に乗る楽しみ」が消えて8ヶ月が経とうとしています。車いすやベッド上での生活によって常に移動への制約がある私にとって、自由をくれる自動車はかけがえのない存在でした。それがない今、気持ちの面でも生活の面でも、さまざまな不便が生じています。普段の生活に車が欠かせない車いすユーザーにとって、マイカー・マイ車いすがない状況でなにが困るのか、私の生活をベースに整理したいと思います。

 まず、このような状況に置かれているのには理由があります。今年の春、小児がん(ユーイング肉腫)の晩期合併症で骨盤を骨折したことにより、車いすを自動車へ積み下ろす動作が今までのようにはできなくなりました。けれども、地方の中核市において公共交通機関が充実しているわけでもなく、やはり車移動が主体の生活は変えられそうにありません。よって、一人で移動できる手段を再度確立するために、自動車の買い替えと積み下ろし用リフトの改造が必要となりました。現在では無事に車も決まり、鋭意リフト製作中という段階ではありますが、完成にはもう少し時間がかかります。また、車いすを吊り上げるためのリフトなので、マイ車いすに合わせて造る必要があり、相棒もリフト業者へ預けているというわけです。

 この状況で生じる不便は、「車いすによるもの」と「自動車によるもの」の2つに大別できます。一番最初に行ったのは、電動車いすのレンタルでした。それがなければベッドからも出られないし仕事へ行くこともできないため、福祉機器のレンタル業者から調達したものです。このとき頭をよぎったのは、介護保険が適用される年齢に達していないという点でした。その場合、レンタル費用が全額自己負担となるため、1割などの低価格で借りられる高齢者が羨ましいなあと、つい思ってしまいます。

 しかし、「車いすによる不便」の本題はレンタル費用ではありません。身体に合わない車いすに乗る時間が長くなるにつれて、あちこちに不調が生じてきました。そもそもマイ車いすは、フレームの形や座幅、背もたれ、クッション等、身体に合わせて製作したオーダーメイドです。それと比較してしまえば、天と地ほどの差が生じるのも当然かもしれません。腰痛の悪化にはじまり、肩こり、首こり、頭痛、眼精疲労などなど、地味につらい状況がつづいています。

 

 そして最大のネックは、車を運転することはできても一人で乗り降りができないという点にほかなりません。たとえば、毎日の出勤はどうしているかというと、家を出るときは母に車いすを積んでもらい、職場に着いたら先輩に車いすを降ろしてもらい、帰るときはその逆と、周囲の支えがあってこそ就業が継続できている状態です。一方、プライベートでの外出は、めっきり少なくなりました。合わない車いすに座っているのがつらいという理由に輪をかけて、人に積み下ろしを頼むことも心理的負担となっているため、一人での外出は皆無に等しいのが現状です。

 自分一人では、出かけることも仕事に行くこともできない私って、何なのだろう--。これからのカーライフのために必要な我慢や犠牲だと頭では理解しているものの、ふとしたときに、そんなふうに思ってしまうのです。行動の自由が保障されるということは、自己肯定感、ひいては人間の尊厳を保つ大きな要素だと言っても大袈裟ではないでしょう。

 

 自身のことから目を転じても、こうした辛抱を重ねているのは、きっと私だけではないはずです。たとえば、車いすユーザーに限っても、未成年や高齢、重い障害レベルゆえに運転ができない人は、公共交通機関の移動に頼らざるを得ません。けれども、過去の私もそうだったように、自分一人では最寄駅やバス停にすら行けない場合も多くあります。同時に、交通機関が車いすに対応していないというハード面の課題が、いまだに残っていることも事実でしょう。また、肢体不自由という物理的な障害はなくても、痛みを抱えている人にとって電車の振動は耐え難く、実質乗れないことも十分にあり得ます。どこかへ行くたびに誰かを頼らないといけないということは、息苦しくもあり惨めな気持ちにもなるものなのです。

 実際に私は、運転免許を取得したことをきっかけに行動範囲がぐんと広がっただけでなく、一人で行動できるようになったことで気持ちの上でも少し大人になったような気がしました。移動手段を獲得したことが、精神的自立の助けとなったのです。自らの意思で行きたいところへ行けるということは、人生を主体的に生きることにも繋がるのではないでしょうか。歳を重ねれば、大なり小なり誰もが身体的な不自由を抱えることになります。すべての人に行動の自由があるよう、多様なモビリティが広がることを願って止みません。

 ひとまずはリフトが無事に完成することを期待しながら、もうしばらくの間、辛抱しようと思います。

 

<アピタル:彩夏の〝みんなに笑顔を〟>

http://www.asahi.com/apital/column/ayaka/(アピタル・樋口彩夏)

アピタル・樋口彩夏

アピタル・樋口彩夏(ひぐち・あやか)

1989年、東京生まれ。中学2年の時、骨盤にユーイング肉腫(小児がん)を発症。抗がん剤、重粒子線などの治療を経て、車いすでの生活に。「いつ、誰が、どんな病気や障害をもっても、笑顔で暮らせる日本にしたい!」を目標に日々、奮闘中。当事者の視点から建設的に伝えることをモットーに執筆・講演も行っている。