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人間の宿命とあわれさを見つめ続けた作家、日本芸術院会員の水上勉(みずかみ・つとむ)さんが8日午前7時16分、肺炎のため長野県東御(とうみ)市の仕事場で死去した。85歳だった。通夜、葬儀、喪主は未定。自宅は公表していない。
1919年、福井県大飯町の貧しい大工の家に生まれ、9歳で京都の禅寺へ徒弟に出された。立命館大学を中退、働きながら文学を志し、宇野浩二に師事した。
48年、第1作「フライパンの歌」を発表。約10年の空白を置いた59年の「霧と影」で注目され、社会派推理小説で流行作家になった。61年に直木賞を受賞した「雁の寺」を契機に、「飢餓海峡」「五番町夕霧楼」などの作品群で、若狭など日本海側の風土と京都を舞台にした陰影に富む作風を確立した。
その後歴史小説や劇作にも幅を広げる一方、「宇野浩二伝」「一休」「良寛」など伝記文学にも秀作を残した。谷崎潤一郎賞、川端康成文学賞など多くの文学賞を受賞。98年に文化功労者。
環境問題や福祉など社会的発言も多かった。郷里の大飯町に私財を投じて「若州一滴文庫」を作るなど、地道な文化活動にもつくした。
長野県上田市の戦没画学生慰霊美術館「無言館」館主の窪島誠一郎氏は実の息子。戦争中に生き別れ、34年ぶりに再会した。
89年、訪中の間に天安門事件に遭遇、帰国直後、心筋梗塞(こうそく)の発作で手術を受けた。回復後、ワープロに取り組み、80歳をすぎてパソコンに向かう「電脳暮らし」で話題を呼んだ。その後脳梗塞におそわれ、02年12月、京都市での親鸞賞贈呈式には車いすで出席した。
(09/08)
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