■元日本債券信用銀行頭取 東郷重興さん
【聞き手=編集委員・中島隆】金融危機は深刻化する一方で、大手21行のなかで最初に経営はたんするのは日本債券信用銀行だ、とささやかれるようになってきました。
1997年3月には、米格付け会社のムーディーズが日債銀の金融債に「投資不適格」という烙印(らくいん)をおしました。新聞や雑誌に「日債銀危機説」が出はじめます。
でも、窪田弘頭取、わたし、そして行員たちは、団結していました。合言葉は、これです。
「日債銀発の金融恐慌を、絶対に起こさない」
――97年4月、窪田頭取は、経営再建策を発表した。海外撤退、経営が悪化していた系列ノンバンク3社への支援打ち切り、そして、3千億円程度の資本増強が柱。増資のうち2100億円は、大手金融機関約40社に応じてもらう「奉加帳方式」が想定された。
大手行のなかで、海外撤退を打ち出したのは、日債銀がはじめてでした。
海外で銀行業務をするには、国際決済銀行(BIS)の規制で、自己資本比率8%以上を維持しなくてはなりません。撤退で国内業務だけになるので、4%を維持すればOKになります。合言葉を貫くには、大手銀としてのメンツなど関係ありません。
ノンバンクは破産させました。わたしは、融資してもらっていた所を回りました。借金を踏み倒すことになるので、あやまりにいくのです。
系列ノンバンクの処理では、設立した銀行が、融資金などすべての面倒をみる。そんな「母体行主義」がとられてきました。