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(魂の中小企業)日本にこだわる 「愛羅武」縫製工場

写真:野海輝雄さん。玉野縫製の工場にて拡大野海輝雄さん。玉野縫製の工場にて

写真:左は、別所充朗さん。野海さんにとって、頼りになる相棒だ拡大左は、別所充朗さん。野海さんにとって、頼りになる相棒だ

 岡山県玉野市は、瀬戸内海に面している。造船の町、そして繊維の町である。

 カシミヤのコートをつくらせたらピカ一の「玉野縫製」という会社がある。創業して40年あまり、従業員はおよそ50人の縫製工場だ。

 さっさっさ、とアイロンをかける。タタタタと、ミシンでぬう。手際の良さと正確さ、そして、あざやかな仕上げっぷり。従業員たちは、まるで魔術師のよう。

 今回は、そこの社長が主人公だ。野海輝雄、47歳。子どものころから、家業を守ってきた男の物語である。

     ◇

 詰めえりの学生服をつくる家の長男として、野海はうまれた。小学生のときは水泳が得意な健康優良児だった。

 中学時代は、まじめな生徒だった。いや、家業を守るために、まじめに過ごさなくてはならない宿命にあったのだ。

 その宿命を描くまえに、説明しておかなければならないことがある。それは、黒い詰めえり学生服は、3つの種類があったということだ。

 まずは、学校認定のふつうの学生服。学生服業界では、「標準学生服」と呼ばれた。

 つぎに、ツッパリたちが身につける学生服。上着の丈がやたらに長かったり、ズボンがめちゃくちゃ太かったり。上着の裏地には、鮮やかな虎のししゅう、なーんてのも。学校が認めるはずがなく、業界では、「ファッション学生服」と呼ばれた。

 そして、もうひとつ。ちょっとだけズボンのすそが細くしてあったり、裏地が黒ではなくて紺だったり。ちょっと見だけなら、あまり標準学生服と変わらない。ちょっとだけかっこつけたい、という男子生徒の心をくすぐる「準レギュラー学生服」と呼ばれた。

 野海の父が経営する会社では、3種類すべてをつくっていた。つまり、学校側からみると、あまり認めたくない会社だった。

 そんな会社の跡つぎである野海は、標準学生服を着ていた。

 ある日、野海は、生徒指導の教師に聞かれた。

 「おまえの家は、ツッパリの学生服をつくって売っているよな。まさかおまえは、それを着ていないよな」

 野海は、胸をはる。「いいえ、ぼくは着ていません。いや、ぜったい着ません」

 教師は言葉につまる。「そうか。できるだけ売らないようにしてくれよ」と言って、立ち去った。

 もしファッション学生服を着ていたら、こっぴどく責められただろう。準レギュラーでも、やばかったかもしれない。そして、学校、PTAなどから不買運動を起こされたかもしれない。だから野海は、標準学生服を着た。家業を守ろうと思ったのだ。

 それは、跡つぎの本能なのかもしれない。

     ◇

 野海の父、つまり先代の社長は、きびしかった。「学生服だからといって手を抜くな」と従業員にハッパをかけていた。

 さらに、教師の目をごまかす術……、もとい、いろいろな技術を開発していく。

 たとえば、リーゼントを整えるクシ、学生服の汚れをはらい落とすエチケットブラシなどをしまう場所を上着につくるのだが、ファスナーをそれはそれは上手につけて、縫い目に隠してしまう。だから、教師にバレない。

 そんな「必殺技」を、つぎつぎに編み出したのである。

 さらに、学ランのボタンも、ひと工夫。つけかえが自由にできるボタンにして、学校にいるときは、ふつうのボタン。でも、外にでたら、一個にひとつの漢字がかかれたボタンにつけかえる。第一ボタンから下に読むと、たとえばこんな風である。

 「男・義・理・人・情」。これはふつうに読める。

 「愛・羅・武・勇・●(●はハート)」。アイラブユーの当て字である。

 さらには、ぺちゃんこの学生かばんにはる名前のステッカーを考えた。芸能人のフルネームは使えないので、名前だけをつかった。

 いちばん売れたのは、「百恵」。「永吉」も売れた。

 当時を知る方なら察しがつくだろう。山口百恵、そして矢沢永吉である。

 野海の会社は、校則でがんじがらめになっている生徒たちに、ちょっとしたおしゃれを楽しませたいと思っていた。いささかやり過ぎた面もあるけれど。

 ツッパリの男子生徒たちが大暴れする映画「ビー・バップ・ハイスクール」、そして、同じころはやったドラマで、映画もつくられた「スケバン刑事(デカ)」。ファッション学生服が世の中に浸透しすぎた。ツッパリファッションを許していいのか。そんな声とともに、学校は、制服をブレザー化していく。

 昭和の終わりとともに、詰めえり学生服も消えはじめていくのである。

     ◇

 野海の話にもどそう。標準学生服を着て高校をすごし、名古屋の中京大の商学部に進む。運転技術を競う「自動車部」で体育会のきびしさを体験する。卒業して23歳で、家業に入った。

 野海は、先輩社員の別所充朗(みつお)とともに営業をした。いま別所は66歳、社長である野海にとって頼れる相棒である。

 会社の方は学生服を断念し、カシミヤのコートをつくりはじめていた。自分の会社のブランドで勝負しようとしていた。

 高ければ一着10万円ちかくする。扱ってくれるのは、デパートだ。でも、つてがない。野海と別所はそれぞれ、デパートの代表電話に電話して、売り場でのアポイントをとって、売り込んだ。

 学生服のときから、手を抜かずにつくってきた。さらに、教師の目をごまかす例の必殺技の開発で、技術をみがいてきた。商談がまとまり、ちいさいながらも売り場にスペースをつくってもらった。

 ところが、知らないうちに、野海の会社のコートが売り場から消えた。おそらく、大手アパレルと百貨店の上層部との、あうんの呼吸で排除されるのだ。

 野海と別所は、何度も何度も、悔しい思いをしてきた。

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