写真・図版 6月3日、ヘッジファンドの世界を舞台にした米テレビドラマ「ビリオンズ」では、架空のファンド「アックス・キャピタル」で働くトレーダーたちが、定期的に会社専属の精神科医の問診を受ける。写真はロンドン金融街のビル。2007年10月撮影(2019年 ロイター/Kevin Coombs)

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 Sinead Cruise

 [ロンドン 3日 ロイター] - ヘッジファンドの世界を舞台にした米テレビドラマ「ビリオンズ」では、架空のファンド「アックス・キャピタル」で働くトレーダーたちが、定期的に会社専属の精神科医の問診を受ける。

 現実の世界では、これほどオープンに精神科医の支援を求める金融のプロフェッショナルはめったにいない。

 ニューヨークのウォール街でもロンドンのシティーでも、きわめて高い野心と「いつでも即応態勢」という姿勢が高い報酬に結びついており、そこで働く人々の多くは、弱さと取られかねない様子を見せないよう注意している。

 2018年の調査によると、金融サービスでは3人に2人が業務が原因で、または業務が関連要因となってメンタルヘルス上の問題を経験しており、これは他産業まで広げた結果とほぼ変わらなかった。この「職場のメンタルヘルス」調査は、英国のさまざまな産業に属する従業員4600人を対象としたものだ。

 多くの人は、キャリアに傷がつくことを恐れて上司に相談しない。

 金融大手ゴールドマン・サックス<GS.N>のロンドン支社でエグゼクティブ・ディレクターを務めるベス・ロボサム氏は、「メンタルヘルスの問題を汚名と考える意識は確実に残っている」と話す。

 「法律によって人々はそのような差別から守られるものとされているし、企業側も以前よりはるかに努力しているが、もはやメンタルヘルスは問題にはなっていないと言い切ってしまうのは考えが甘いだろう」

 ロボサム氏自身は2010年、欧州・中東・アフリカ(EMEA)地域において医療セクターを専門とするバンカーの採用を担当していたころ、不安発作を経験したことがある。上司に相談し、支援を求めたのは、発症から何カ月も経ってからだった。

 「私のような人間は『システム』から落ちこぼれてしまう、だから黙っていないとクビになってしまうと思い込んでいた」と、彼女は言う。

 ロボサム氏は、ロンドンの金融機関で働く人たちのメンタルヘルス改善を推進する「シティー・メンタルヘルス・アライアンス」の副会長を務めている。彼女だけでなく、同様の悩みを抱える人に「自分だけではない」と思ってもらえるように、自分のメンタルヘルス上の問題をあえて公言する経営幹部は増えつつある。

 <人に言えない苦しみ>

 職業にかかわらず、誰でも不安や抑うつその他のメンタルヘルス上の問題を経験する可能性はある。

 だが、過酷なスケジュールによって、さらにプレッシャーが加わる可能性はある。投資銀行では徹夜や週労働時間が100時間を超えることは珍しくない。債券・株式のディーリングや株式の新規公開業務に関わっていればなおさらだ。

 昨年、英国の銀行基準審議会が7万人以上を対象に行った調査によれば、銀行員の約44%は、業務のなかで過剰なプレッシャーを受けていると感じたことがあると回答している。また、自分の会社で働くことは健康に悪いという回答も4分の1に達した。

 近年では銀行各行も、人材の引き留めと「燃え尽き症候群」回避のため、業務負担の軽減や服装規定の緩和を進め、オフィス以外での生活に関心を向ける時間をスタッフに与えようと試みている。

 だがメンタルヘルス上の問題を抱えるバンカー、特にキャリアの浅い人々は、業務のペースについていけないと上司に思われないよう、問題を口にすることをためらうことが多い。

 JPモルガン<JPM.N>でEMEA地域における採用全般を監督するマット・エバンス氏は、20年近くにわたり抑うつ症状との闘いを隠していたという。

 エバンス氏が自分の経験を口にする契機となったのは、2017年にJPモルガンが行った「This Is Me(これが私)」キャンペーンだった。

 「自分の体験を語っても、私にはなんの不利益もなかった。私が受けたサポートは大きかった」と、彼は言う。「症状を告白した後に私は昇格した」

 エバンス氏は最近、双極性障害と診断され、昨年は3カ月休職した。12月から徐々に職場復帰したが、休職が今後のキャリアにまったく影響を与えていないことを「100%確信している」と話す。

 だが、メンタルヘルスに関する姿勢について、誰もがエバンス氏のような確信を持てるわけではない。

 メンタルヘルス上の問題があることを理由に企業が従業員に差別的に待遇することは違法だが、医療技術を手がけるマイナーバ社が英国の労働者2000人を対象に行った調査では、半数以上が問題を上司に告げれば昇進の可能性が危うくなると心配しており、57%が同僚との関係が悪化すると考えていることが分った。

 マイナーバではネットによるカウンセリングを提供しているが、キャリアへの影響を恐れて勤務先の制度を使わず、同社を利用する金融機関幹部による需要が急増していると報告している。

 「調査結果からは、自分の症状を会社に告げる際に従業員が感じる懸念や困惑が見てとれる。だからこそ、プロたちは必要な支援を求めず、人知れず苦しんでしまう」と、マイナーバのザイン・シカフィCEO(最高経営責任者)は言う。

 <メンタルヘルス問題の早期発見>

 世界保健機関(WHO)によれば、4人に1人は生涯どこかの時点で精神障害・神経障害を患うことになり、生産性低下という形でグローバル経済に与える損失は年間1兆ドル(約108兆円)と試算されている。

 HSBCでクライアント戦略を統括し、シティー・メンタルヘルス・アライアンスの会長も務めるブライアン・ヘイワース氏は、HSBCをはじめとする金融機関に対し、症状が深刻化する前に従業員を支援することを求めている。

 「23万5000人もいる組織であれば、自殺を考える人も一部にはいるだろうが、そのポイントに至る過程を徐々に進んでいく人はもっと多い。我々はそれを予期し、予防したい」と、ヘイワース氏は語った。

 HSBCでは、ジョン・フリントCEOが発案した「ヘルシエスト・ヒューマンシステム」の一環として、社内カウンセラーを雇用することを検討している。

 JPモルガンが英国で初めて採用する社内カウンセラーはこの夏、ロンドンのカナリーワーフのオフィスで業務を開始する予定だ。

 JPモルガンは、米国内ではすでにニューヨーク、デラウェア、シカゴ、テキサスなど9カ所で常勤のカウンセラーを用意しており、ストレス管理のコツを教えるアプリ「レジリエンス」も提供している。

 ロボサム氏によれば、ゴールドマン・サックスではメンタルヘルスに関する緊急対応要員として英国のスタッフ数十人を訓練することを計画しているという。身なりや執務態度、人付き合いのパターンなどの変化を含め、同僚がストレスや不安の悪循環に陥りつつある兆候を発見することが目的だ。

 またゴールドマン・サックスは、「ニューロ・ダイバーシティー(神経多様性・脳の多様性)」と確認された人たち向けの、米国での有給インターンシップ制度を開始した。ニューロ・ダイバーシティーとは、自閉症や失読症、発達障害、メンタルヘルス症状を含む幅広い神経学的な差異を包含する言葉だ。

 メンタルヘルスの社会的な位置付けが高まるなかで、英国ではスタッフに対してメンタル面での十分な福利厚生を提供していることを示さない企業は、「1999年職場安全衛生マネジメント規則」に基づいて訴えられる可能性がある。この規則では、ストレスも含め、職場における健康リスクの性質・規模を評価することを雇用主に義務付けている。

 「企業にとってこの種の問題から生じる危険や損失は単に金銭的なものに留まらない。企業としての評判、社会的なイメージ、生産性、社員の定着率という点で、さらに大きなダメージが生じる」と語るのは、弁護士のマシュー・コール氏。

 コール氏は、ストレスに関連した状況に基づいて企業に損害賠償を求めるスタッフの数はそれほど大きく増加してはいないと述べつつ、企業はそのリスクに対して非常に敏感になっていると言う。

 「ある従業員が精神医学的な症状に陥り、そのせいで、健康であれば10万ドル以上の収入を得られたはずの環境で働けなくなれば、かなりの法的責任が発生しかねない」

 それよりも予防策を講じる方がはるかに安上がりだ。英メンタルヘルス・ファンデーションでは、職場におけるメンタルヘルスを支援することで、英国企業全体では年間最大80億ポンドの節約につながる可能性があると試算している。

 この財団によれば、オンラインで、あるいはワークショップを介してメンタルヘルスに関する情報・アドバイスを提供するコストは、従業員1人あたり年間約80ポンド(約1万1000円)だという。

 ヘイワース氏は子どものころから不安や抑うつに悩まされており、バンク・オブ・アメリカを休職した後でHSBCに採用されたという。どちらの銀行もヘイワース氏のメンタルヘルス上の問題を知って、支援を提供してくれたが、彼は自分が幸運だったことを承知している。

 「我々はまだこの問題にようやく取組み始めたばかりだ」と、彼は言う。

 「支援を求める人が増えていることは明るいニュースだが、実際に支援を必要としている人も恐らく増えているということを我々は認める必要がある。挑戦の次のフェーズは、そうした流れを逆転させるような環境を生み出すことだ」

 (翻訳:エァクレーレン)