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不振フォード、好調マツダに学ぶ 10年前と立場逆転
2006年12月10日
巨額赤字に苦しむ米自動車大手フォード・モーターが、傘下のマツダとの協力関係を深めている。新車開発や海外戦略での連携に加え、マツダでの勤務経験者がフォードで要職に就く例が目立つ。マツダは90年代半ばの経営危機からフォード主導の再建で復活した。フォードにとっても貴重な「成功モデル」だ。10年前と両社の立場は逆転し、「親」のフォードがマツダから学ぶ姿勢を見せている。
 フォード出身者も加わり、日本語で会議をするマツダの社員たち=8日午後、広島県府中町のマツダ本社で
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 米フォード・モーターとマツダの比較
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11月中旬、米ロサンゼルスにいたマツダの井巻久一社長兼会長に、9月にフォードの最高経営責任者(CEO)に就いたアラン・ムラーリー氏から電話がかかってきた。「共同開発車の進み具合など両社の現状を教えて欲しい」と切り出し、通訳を介して約30分、聞き役に徹した。
その少し前、テレビ電話で会談した際も、すぐ手書きの礼状を送ってきた。井巻氏は「マツダとの関係を大事にしたい思いの表れか」と感じた。
フォードは7〜9月決算で3四半期連続となる58億ドル(約6670億円)の当期赤字となった。08年までに16工場の閉鎖と最大4万4000人の人員削減、自社工場を担保に180億ドルの借り入れも計画している。
一方のマツダの06年度連結決算は6期連続の増収増益、過去最高となる1480億円の営業利益を見込む。低燃費の小型車「デミオ」などは欧米でも販売好調だ。マツダの筆頭株主(発行済み株式の33%超)であるフォードは05年度、少なくとも14億2000万円の株式配当を受け取った。
市場でうわさされる「マツダがフォード株を買い支える」など直接的な支援策をマツダは全面的に否定する。ただ、開発面では着実に協力関係を深めている。
フォードの中型車「フュージョン」「マーキュリーミラン」などの車台に、マツダの「アテンザ」の技術を提供。新型SUV(スポーツ用多目的車)「CX―7」の車台技術もフォードの新型車に提供する方針だ。
フォードの海外戦略の一翼も担う。マツダは新工場に慎重だった姿勢を転換。09年操業をめどにフォードと合弁でタイに小型車工場を建設する意向で、フォードの苦手な小型車を補完する役割を期待されている。
また10年代前半稼働を目指し、米国中南部か中米での新工場も検討している。自前の工場建設のほか、閉鎖するフォード工場の活用や両社合弁の工場案も浮かんでいる。
■「部下と酒を」忠告実践
マーク・フィールズ元社長→高級車部門のプレミア・オートモーティブ社長、ルイス・ブース前社長→欧州フォード社長、ジョン・パーカー前副社長→アジアパシフィック・アンド・アフリカ担当グループ副社長、ジョゼフ・バカーイ元専務→欧州フォード副社長……。
フォードの要職にあるマツダ経験者の主な顔ぶれだ。いずれもマツダでの成功を評価された。
世界初のロータリーエンジン搭載車で知られたマツダだが、93年度決算(単体ベース)では過去最悪の441億円の経常赤字に沈んだ。96年6月、フォードから初めてヘンリー・ウォレス氏が社長に乗り込み、03年までフォード出身社長が4人続いた。
トヨタ自動車並みの五つもあった販売系列を三つに減らし、01年には2210人が早期退職。広島県の宇品第2工場などを閉鎖した(04年春に再開)。中小型車に車種を絞り込んだ。
一方で、ブランド重視を新戦略に掲げた。97年、新たにエンブレムを制定。全車種とも、車の顔であるフロントグリルに、エンブレムを中心に据えた五角形のデザインを採用し、独自の外観を目指した。
現場も変えた。新車開発には欠かせない粘土による原寸モデル作りは、作業を大幅にデジタル化し、自動切削を取り入れることで、従来の約2週間から1〜2日で制作可能にした。単調な作業を省き、浮いた時間を創造に向けた。
02年春、満を持して発売した「アテンザ」は世界累計で約100万台を販売した。以降、マツダ車は世界で340もの賞を獲得している。
改革の旗はフォード出身者が振ったが、マツダとの共同作業だった。井巻氏がバカーイ氏に「部下と酒を飲み、上司が支払うこと」と忠告すると、さっそく部下を大勢引き連れ、酒場に出かけた。外国人と日本人社員が一緒に仕事をするのが普通の光景になり、社風も変わった。今でも、マツダを経験したフォード幹部は懐かしがり、井巻氏らと連絡を取り合っているという。
ただ、フォードとマツダでは規模が違い過ぎて、マツダでの成功モデルがそのまま通用するとは限らない面もある。
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