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日通、宅配便から撤退 統合計画が破談

2009年12月25日2時50分

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 日本郵政グループのJP日本郵便と日本通運は24日、宅配便事業の統合計画を大幅に見直すことで合意した。統合に向けて両社の出資で設立した「JPエクスプレス」を清算。人員や設備の大半を日本郵便が引き受け、ブランド名も「ゆうパック」に一本化する。「ペリカン便」は消滅し、日通は宅配便事業から撤退する。

■日本郵便が事業吸収へ

 基本合意によると、JPエクスプレスは来年7月をめどに解散する。7800人の従業員や376カ所のターミナル・支店のうち、日本郵便がどれだけ引き継ぐかは来年1月末までに詰める。

 JPエクスプレス社は、日本郵便の完全子会社にはならず、資産譲渡後に解散する方向だ。07年に合意された当初の統合案は、両社の共同事業の色彩が濃かったが、今回の見直しで、日本郵便が日通の宅配便事業を事実上吸収することになった。

 JPエクスプレスは08年6月に設立。今年4月の増資で日本郵便が66%、日通が34%の出資比率になり、同時に双方の宅配事業を移す予定だった。だが、日本郵便側について総務相の認可が出ず、日通のペリカン便事業だけが移行して発足した。

 このため、従業員のうち約6300人は日通からの出向。日通は自前で宅配事業を続ける意思はなく、出向社員の日本郵便への移籍を求めるとみられる。日本郵便側は「雇用確保には努めるが、『今のまま』はありえない」と述べており、交渉が難航する可能性も残っている。

 当初の統合案が、なぜ発表から2年もたって破談になったのか。関係者には、計画が「西川案件」だったからと指摘する声が多い。

 日本郵政の西川善文前社長が青写真を描いた当初案は、民間流のトップダウンで事業再編を進める手法で、評価する声も多かった。だが、日本郵便の現場や総務省の一部には「成長が見込める宅配便事業を外部に切り出してしまうと、日本郵便本体の経営が悪化する」との声もあった。

 かんぽの宿問題で西川氏を批判していた鳩山邦夫総務相(当時)がそうした声をくみ取り「業績の下ブレ懸念が拭(ぬぐ)えない」として、日本郵便の宅配便事業を移すことに「待った」をかけた。その後の総務相も統合計画を認めず、JPエクスプレスは態勢が整わないまま赤字を膨らませた。10月に交代した斎藤次郎社長ら新経営陣からも「西川案件」の一掃を求める声が強まり、統合撤回に至った。

■2強との差が拡大

 日通のペリカン便は30年以上の歴史を持ち、1990年代後半まで20%以上のシェアを保っていた。ところが、ネットの普及で通信販売市場が伸びるなか、佐川急便が玄関先でのカード決済サービスなどでシェアを急拡大。ヤマト運輸も、4千カ所近い営業拠点網を生かしたきめ細かい配送で着実にシェアを伸ばした。ヤマト、佐川の2強と日通との差は広がる一方だった。

 そこで日通は全国2万4千の郵便局網を持つ日本郵便に着目。提携によるコスト削減で起死回生を図った。だが、完全統合が延期されるうちに、法人を中心とするペリカン便の顧客はヤマトや佐川の「狙い撃ち」にされ、業績はむしろ悪化。10月には、JPエクスプレスの株式の一部を日本郵便に売り、保有比率を34%から14%に下げて持ち分法適用関連会社から外す方針を発表。最終的には完全撤退に追い込まれた。

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