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2012年2月7日

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はたらく気持ち

振り込まれ続けた2千円

文・田中和彦

 テレビ番組制作会社から、担当していたレギュラー番組ごとのれん分けの形で独立して9年。映像制作プロダクション社長のTさん(41)は、うち3年間を開店休業状態で無為に過ごした。

 最初は番組の評判もよく、業績も絶好調。多いときには10人近い社員がいた。だが、「好事魔多し」とはよく言ったもので、大型企画に背伸びをして手を出し、持ちこんできた人物にだまされる形で、結局2千万円近い負債だけが残った。

 給与の遅配が続き、社員も次々と辞めていき、最後は社長ひとりだけが残った。

 最初は自分の「症状」に、自覚はなかった。ふと気がつくと夕方になっていて、朝からたった一枚のファクスを送る仕事しかしていなかったり、着信の履歴が残っているのに、携帯が鳴った記憶が欠落していたりといったことが続いた。

 独身のTさんは、両親と一緒に住んでいたが、やがて家にも帰らなくなり、事務所で寝泊まりするようになった。

 当然、収入もゼロに。会社の銀行口座にも残高はほとんど残っていないはずだった。なのに、なぜかいつも2千円程度の金額が残っていた。何かの仕事の入金ずれの一部だろうと深く考えもせず、毎回、全額を引き出しては食事と銭湯通いに使った。

 電気とガスは止められていたが、家賃を催促された覚えもなかった。それらに何の疑問も持たなかったのは、やはり心を病んでいたからだ。

 そんな生活が1年以上続き、見かねた弟に「帰ろう」と実家に連れ戻された。父も母も静かに迎えてくれた。

 家でブラブラしていると、母の近所仲間がやってきては、世間話に花を咲かせていた。「今、何してるの?」という質問に答えるのは面倒だったが、正直に話しても、「大変ねえ」と言われるくらいで、必要以上に気遣われることはなかった。

 人間不信に陥っていたTさんには、そんな気が置けない人づきあいこそクスリだった。病状は徐々に回復した。

 事務所に引きこもっていた間の2千円の謎もようやく解けた。父親が大きなお金だと何に使うかわからないと、2日おきに振り込んでくれたものだった。家賃の件も合点がいった。

 下町の職人だった父が、税務署の人から振り込みの使途不明金を追及され、それに対して母が鬼のような形相で反論していたと、弟から笑い話のように聞かされた。笑いながら、涙が止まらなかった。

 そして仕事を再開したのが1年前。人を信じる力を、家族が取り戻させてくれた。

プロフィール

田中 和彦(たなか・かずひこ)

 人材コンサルタント、映画プロデューサー。1958年、大分県生まれ。リクルート社の「週刊ビーイング」「就職ジャーナル」などの編集長を務めた後、映画業界に転身。キネマ旬報社代表取締役などを経て独立。02〜07年、beでコラム「複職(ふくしょく)時代」を連載。近著『断らない人は、なぜか仕事がうまくいく』(徳間書店)など著書多数。

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