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2012年4月3日
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はたらく気持ち

“幸福大国”へ導かれて

文・田中和彦

 フリーライターのTさん(42)は去年秋、姉のように慕っていた大学の先輩を亡くした。肺がんだった。

 それ以来、心にぽっかりと穴があき、仕事にもまったく身が入らなくなった。

 ブータン国王来日のニュースに接したのは、そんな時だった。国民の約97%が幸福だと答えるブータンとは一体どんな国なのか? 幸福とは程遠い気分だった自分の中から自然に疑問がわいた。

 出版社に、ブータン人の格言集という企画を提出すると、意外にもトントン拍子でゴーサインが出てしまった。

 日本にいるブータン人留学生に取材すると、「僕の友人が、ことわざの研究をしているから紹介するよ」と、いきなり金脈を掘り当てた。

 「もう行くっきゃない」と、飛行機のチケットとホテルと現地ガイドを予約し、2週間後には、バンコク経由で新年のブータンにいた。

 到着した翌日に雪が降った。雪では取材しづらいと困っていたら、ガイドは「雪でよかった。ブータンでは雪が降ると健康になると言われてますから」と真顔で言う。次の日には、晴れ渡った空を見て、「ほら、雪が降ったおかげで、今日はこんなに晴れた。本当によかった」と。何事もいいほうにとるブータン人に思わず笑ってしまった。

 会う人には片っ端から、「幸せですか?」とお約束の質問をした。示し合わせたように同じ答えが返ってきた。「あなたが幸せならば」と。

 あまりの屈託のなさに、正直に「そんなに幸せじゃない」と答えると、「どうして?」と逆に聞き返された。

 「忙しいし、疲れてるし、孤独だし、離婚もしてるし、将来も不安だし……」。そんな愚痴を並べると、「あなたは素晴らしい仕事をしている。疲れたら休めばいい。ここじゃ多くの人が離婚してるよ。大丈夫、あなたはいい人だから誰か助けてくれる」と、励まされた。会う人会う人みんな素直で前向き。離婚率が高いのは、過去を振り返らない国民性らしい。

 いつの間にか心が温かいもので満たされ、Tさんはすっかり元気になって帰国した。

 実は先輩が亡くなる2か月ほど前に、悩みを相談したことがあった。「ないものではなく、あるものを数えないと」とアドバイスされ、それが遺言のようになった。

 「幸せの青い鳥は、自分の中にいるんですよね」

 完成したばかりの『ブータン人の幸福論』と名付けられた本を手に、そう話せるようになったTさんは今、この“幸福大国”へ導いてくれたのは、先輩だったのかも知れないと思っている。

プロフィール

田中 和彦(たなか・かずひこ)

 人材コンサルタント、映画プロデューサー。1958年、大分県生まれ。リクルート社の「週刊ビーイング」「就職ジャーナル」などの編集長を務めた後、映画業界に転身。キネマ旬報社代表取締役などを経て独立。02〜07年、beでコラム「複職(ふくしょく)時代」を連載。近著『断らない人は、なぜか仕事がうまくいく』(徳間書店)など著書多数。

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