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2013年1月8日
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はたらく気持ち

すべてはこの役のために

文・田中和彦

 「苦節25年」は、芸能の世界では必ずしも珍しいことではない。ロンドン在住の日本人俳優Jさん(42)も、役者の道を歩み始めて25年。ようやく今年、大きな転機が訪れた。インドで今春に撮影が予定されている映画「マイジャパニーズニース(私の日本人のめい)」の主役の座を射止めたからだ。

 フリーランスで活動するJさんは、オーディション情報をネットで入手する。去年、ネットサーフィンしていて、インド映画のキャスト募集に出くわした。第2次世界大戦中のインドが舞台の作品で、英語が話せて日本兵を演じられる40歳くらいの役だった。

 見るやいなや、「オレしかいない!」と思い、すかさず自分のプロフィルをインドの事務所に送った。先方から連絡があり、現地に出向くと、あとはトントン拍子に話が進んだ。国際映画祭への出品を視野に入れた大規模な作品で、役者生活25年にして初めての大役だ。

 神戸生まれのJさんは、高校卒業後、役者になるために上京。親の手前、大学にも通っていたが、学校より撮影現場でエキストラなどの仕事をやっている時間のほうが長かった。在学中に、ある事務所の社長から声が掛かり、演技派俳優の付き人兼役者に。その俳優が出る舞台やドラマで端役をあてがわれた。それなりに充実していたが、そのうち「これでいいのか?」との疑問が頭をもたげてきた。

 目指すのは「世界で一人のオンリーワン」。ただ、このままでは「その他大勢」の中に埋もれると思えてしまい、25歳で単身中国に。過去の中国映画では、日本人役も中国人が演じていたが、そのころから日本人のキャスティングが増えていた。Jさんは、演劇学校に通いながら寝る時間を削ってせりふを覚え、慣れない現場で敵役の日本兵を何度も演じた。

 しかし、ここで壁にぶつかる。各国から演劇学校に集まった留学生はみんな英語を話すのだ。「世界を相手に仕事をするなら、英語は必須」。今度は英語圏に渡る決意を固め、ロンドンに移住したのが31歳。英語での演技に相当な苦労をしたが、小さな仕事でもコンスタントにやってきたおかげで、英語と中国語の話せる日本人役者として希少価値が出てきた。

 幾多の苦難が「役者魂」を鍛えてくれた。何度も「自分を信じていいのか?」と問い続けてきたが、今回の抜擢(ばってき)で「すべての経験はこの役のためにあった」と思える。「人生に無駄なことは何ひとつない」と言い切るJさんは、クランクインが待ち遠しくてならない。

プロフィール

田中 和彦(たなか・かずひこ)

 人材コンサルタント、映画プロデューサー。1958年、大分県生まれ。リクルート社の「週刊ビーイング」「就職ジャーナル」などの編集長を務めた後、映画業界に転身。キネマ旬報社代表取締役などを経て独立。02〜07年、beでコラム「複職(ふくしょく)時代」を連載。近著『断らない人は、なぜか仕事がうまくいく』(徳間書店)など著書多数。

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