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晴れて総合優勝を飾る〈アジアン・ル・マン参戦記5〉

2009年11月24日

  • 筆者 明嵐正彦

写真総合優勝した69号車

写真ル・マン24時間レース出場権を得てニッコリ

 レースも終盤。LMGT1クラスは61号車が少しずつリードを広げて、独走態勢を築きつつありました。2番手は69号車で、約30秒の差、その後方40秒遅れて50号車が猛烈な勢いで追い上げている状況です。69号車は50号車に抜かれない限り、2位を維持すれば良いのです。その50号車とはほぼ1周差があったのですが、69号がタイヤ4本を交換したこともあって、ここまで縮まっていたのでした。

 残り1時間を切って40秒差なら50号車は追いついてこないだろうと思われていましたが、残り20分で18秒差、残り10分で9秒差まで迫って来たのです。61号車が優勝しても69号車が2位なら同ポイントで第1レース勝者の69号車が総合優勝となりますが、3位に落ちると61号車が18ポイント、69号車が16ポイントで、総合優勝は61号車となってしまうのです。

 これはヤバい。ファイナルラップでは69号車に並びかけるように第1コーナーに突入して行った50号車。祈るような気持ちでモニター画面を見るチームスタッフ。

 が、そこは名人井入選手。巧みなテクニックで付け入る隙を与えません。要所要所を確実に押さえて、69号車はなんとか2位のままチェッカーを受けることが出来ました。

 その瞬間、ピットは歓喜に満ちあふれました。抱き合い握手し合うチームスタッフ、メカニック。私は則竹代表とまずがっちりと握手しました。

 ラップタイムの速いライバル2台を押さえて69号車は総合優勝。68号車も素晴らしいサポートをみせて完走することができました。

 夕方、ル・マン24時間レース出場権の授賞式に則竹代表夫妻、私、ドライバーたちは参加しました。外は大雨でしたが、巨大テントの中は和気あいあいでした。他のクラスの総合優勝チームメンバーはほとんど外国人ばかりでしたが、来年ル・マンで会おうと肩を抱き合います。仲良しの中野信治選手がドライバーをつとめたLMP-1クラスSORA RACINGも総合優勝だったので、彼にもお祝いを言って健闘を称えました。

 表彰式が終わり、私たちはまた長いドライビングが待っています。山西選手と女性アシスタントと私で岡山から高速に乗って東京へ向かいました。約7時間の道のりですが、総合優勝したという思いで、いつもより少しだけ早く東京に着いた気がしました。

 来年、ル・マンへ行く時にまたレポートさせていただきたいと思います。(おわり)

プロフィール

明嵐正彦(めあらし・まさひこ)

JLOC(日本ランボルギーニオーナーズクラブ)広報と、スーパーGTレースはTeam JLOCマネージャー兼、87号車の監督を務める。JLOC公式サイトも制作・管理している。自動車雑誌「GENROQ」元編集長だけあって、スーパースポーツカーに関しては世界的レベルの専門家。数十万円掛けたマウンテンバイクで、浅草界隈を毎日走るのが目下一番の趣味。 JLOC公式サイト http://www.jloc-net.com/

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