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イタリア発アモーレ!モトーレ!

ホセさんの再チャレンジ

2008年02月01日

■ノーテ!

写真ノート欧州仕様(日産自動車提供)
写真ホセ・マッツォッタさんと彼のノート
写真店の前にて。汚れは積極的な使い方をしている証
写真ホセさんのクルマは、dciと呼ばれる1.5ディーゼル仕様
写真相棒のマウリツィオさん、そしてご自慢の日本製鋏

 去年前半まであれほど耳にした「再チャレンジ」という言葉も、人々の記憶から薄れつつある。

 したがって小泉政権時代の「行政改革」という言葉などは、さらに遠い過去の感じがする。あのころ、街角には「純ちゃんビビンバ」まで出現したというのに、である。日本という国は相変わらず、言葉を消費して生きている。

 昨年暮れのことだ。女房行きつけの美容院の店長が、日産ノートを買った。ノートのヨーロッパ仕様は英国工場製である。

 なおイタリアでは「ノーテ」と、コテコテのローマ字読みで呼ぶ人が多い。店長も「ノーテ」と呼んでいる。ボクも個人的にはラテンぽくて「ノーテ」のほうが好きである。

 それはともかく「おっ、こんなところにも日本車ファンが」ということで、ボクは急きょ女房のあとに髪を切ってもらうことにした。クルマ談義をしようと思ったのだ。

 まずボクはカルロス・ゴーン氏に代わって、日産車ご愛顧のお礼を述べる。すると店長はこう言って笑った。

 「なぜ日産にしたのか? ちょっとしたご縁からだよ」

■店長、波乱の過去

 そこからの話は意外に長かった。ホセさんは、実はアルゼンチン人だった。1952年生まれの今年56歳だ。彼は20代のとき、故郷で美容師の道に入った。

 「免許を取って最初に買ったのはルノーだったよ」

 参考までにルノーは、1967年からアルゼンチンに工場がある。いってみれば“国産車”である。

 30代半ばになったとき、ホセさんは一念発起し、イタリアの美容院に出稼ぎにやってきた。そして1999年、異国での稼ぎとともに故郷に舞い戻り、家族と穏やかな生活を始めた。

 しかし幸福は、いつもはかないものである。わずか2年後、アルゼンチンに通貨危機が起こったのだ。

 「あっという間に全てを失ったよ」

 そのため2003年、ホセさんは再びイタリアの地を踏むことを決意した。海を跨いだ、腕一本の「再チャレンジ」である。幸い、今の店を借りられることになった。以前から美容院だった、いわば居抜き物件である。

■ピンチを救われる

 ところが思わぬ障害が立ちはだかった。家と往復するための足・クルマが買えないのである。

 「公共交通機関があるじゃないか?」というのは日本の話だ。ただでさえ便が少ないうえ、ストライキが頻発するイタリアの公共交通機関を相手にしていては、自営業などできない。

 開店準備に、すべてのお金をつぎ込んでしまったホセさんは、ローンを組むことを考えた。

 「でもローン申請に必要な前年度の税務申告書がない。アルゼンチンにいたからね」

 ありとあらゆるブランドのディーラーの門を叩いたが、どこも相手にしてくれなかった。そんな絶望に陥っていたときだ。「唯一、『なんとかしましょう』と言って、俺を信用してローンを組んでくれたのが日産の店だったんだよ」

こうして最初のミクラを購入して以来、もう1台のミクラを経て今のクルマまで、その店との付き合いが続いているという。なるほど。

 前のミクラと違い、「今のノートはオートエアコン装備ではないことが唯一残念」とホセさんは語る。

 「でもコンパクトで、1.5リッターのディーゼルエンジンは驚くほど低燃費」という。ノートは充分合格点だそうだ。

■スペシャル鋏も日本製

 偶然の出会いで日本車乗りになったホセさんだが、「まだ日本のもの、あるぜ」と言って、なにやら鞄の中をさぐり始めた。出てきたのは鋏(はさみ)だった。日本の鋏は、イタリアの美容業界で抜群の評判だそうだ。

 「なにしろカターナ(刀)の伝統があるからな」と彼は言う。

 その鋏は2500ユーロしたらしい。約40万円である。うちの家賃の4カ月分以上だ。ホセさんは鋏をいとおしそうに革ケースに収め、ふたたび鞄に仕舞った。

 その“スペシャル鋏”を使ってカットしてもらうには、ボクはもうしばらく通わねばならないのだろう。

 ホセさんがイタリアで再出発して4年。その間に故郷の息子も立派に成長し、アルゼンチンの主要新聞の記者になった。

 唯一の悩みは店の人材不足という。「イタリアは失業率が高い割に、みんな楽な仕事ばかりを求める。美容師のようなハードな仕事に就く若者は少ないんだよ」

 だから現在彼の店を手伝っているのは、ナポリ出身のマウリツィオ君だけだ。常にアシスタント募集中だ。

 それを除けば、ホセさんの再チャレンジは、日産ノートそして日本製鋏とともに軌道に乗りつつあるとみた。

プロフィール

大矢アキオ Akio Lorenzo OYA
 歌うようにイタリアを語り、イタリアのクルマを熱く伝えるコラムニスト。1966年、東京生まれ、国立音大卒(バイオリン専攻)。二玄社「SUPER CAR GRAPHIC」編集記者を経て、96年独立、トスカーナに渡る。自動車雑誌やWebサイトのほか、テレビ・ラジオで活躍中。
 主な著書に『イタリア式クルマ生活術』『カンティーナを巡る冒険旅行』、訳書に『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(いずれも光人社)。最新刊は、『Hotするイタリア―イタリアでは30万円で別荘が持てるって?』(二玄社)。

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