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イタリア発アモーレ!モトーレ!

シトロエンDSでパリ時間旅行

2008年02月29日

■DS、乗せてあげましょう

写真ディディエ氏のシトロエンDS。背後の建物がグランパレ
写真ディディエ・ジュワン氏(49歳)。日頃は大手銀行に勤務
写真ビル・アカイム橋で。DSは行く人の誰もが注目する
写真サッシュレスの窓、繊細なピラーは今見ても新鮮だ
写真彼の子供が描いたシトロエン・メアリとHバン

 昨年9月末、パリ・シャンゼリゼ通りのシトロエン新ショールームが開館したときだ。ボクは記者発表会に出席したものの、やはり一般の人たちの反応に興味を抱き、公開初日に改めて出向いた。

 家族連れで来場していた一人の紳士が「私のDSに乗せてあげましょう」と言うではないか。DSはシトロエンのみならず、戦後フランス車を代表する1台である。

 日本では1999年、化粧品会社のCM「セクシャル・バイオレットNo.1」に煙を噴き上げる故障車として出ていた……。というのは筆者の自己満足きわまりないミニ知識である。

 ともかくディディエ氏というその紳士は、話す内容から熱烈なシトロエン・ファンとみた。

 どの国でも、しかるべきところにはしかるべき人間がいるものである。駅でホームの端に行けば鉄道ファンの人がいて、同人誌即売会に行くとコスプレの人と会えるのと同じ原理だ。

 生憎その日は時間がなかったので丁重に断ると、「それでは次回必ず」ということになった。

■おすすめコース

 年をまたいで先日、前々回書いたレトロモビル取材のため再びパリに赴くことになった。

 そこで例のディディエ氏に予定を知らせた。するとボクが滞在するセーヌ左岸の貸しアパルトマンまで迎えにきてくれることになった。

 約束の時刻に通りで待っていると、彼方から銀色のDSがやってきた。攻撃的な造形のクルマが溢れるなか、イタリア人スタイリスト、ベルトーニによるスタイルは高貴なオーラを放っている。

 ディディエ氏は雑誌の「売りたし買いたし」欄を通じて数年前に入手したのだという。1968年型というから、今年で車齢満40年である。

 挨拶もそこそこにディディエ氏は、「どこに行きましょうか?」と聞く。ボクはつい「お任せで」と答えてしまった。寿司屋さんに入ったときを思い出し、自分の主体性のなさに悲しくなってしまった。

 ところが彼は嫌な顔をするどころかニヤっと笑って、まずはセーヌ左岸沿いの道にDSを走らせた。「アンドレ・シトロエン河岸」である。

 創業者アンドレ・シトロエンは1915年、後年に自動車産業進出の礎となる砲弾工場を建設した。工場は1974年に操業を停止、現在跡地は公園になっている。

 次にディディエ氏はセーヌ川を右岸へと渡った。そして立ち止まったのは歴史的な展示会場グランパレの前だった。1955年10月6日午前9時、DSが発表されたパリ自動車ショーの会場である。

 DSは「宇宙から舞い降りた車」「21世紀からやってきた車」と人々に驚愕と感動をもって迎えられた。そしてショー1日目にして12000件の受注を獲得したという。

 撮影の合間に、ディディエ氏は照れ臭そうに告白する。「実は、女房との結婚記念写真も、このグランパレ前で撮ったんですよ」。筋金入りのシトロエン党である。

■「知らなきゃ動かせない」が格好いい

 ディディエ氏のDSの変速機は、油圧を用いた4段のオートクラッチである。メーターの前から生えるセレクターレバーを動かして変速する。

 ただし、ちょっとした知識が必要である。シフトゲートには「D」の文字があるが、今日におけるAT車の「ドライブ」ではない。Demarrer(始動)だ。ダッシュボードのキーをひねったのち、その位置に一瞬レバーを入れるとエンジンが掛かる。

 いっぽう「AR」と書かれた位置はarriere(バック)である。また中央に並んだボタンはシガーライターやワイパーの操作ノブだが、それぞれが何のものか、まったく記されていない。

 世界基準の絵文字表示のクルマに慣れた身には、いささか暴論であるが、こういう「知らなきゃ動かせない」クルマが妙に格好よく映る。

 助手席で見ていたボクは、「ディディエ氏に万一のことが起きても運転を交代できる」と妙な自信を抱いた。

 やがて再び左岸に戻り、エッフェル塔を見渡す広場に辿り着いた。創業者で広告の天才アンドレ・シトロエンは1925年、国の顔ともいえるその鉄塔に20万個の電球を用いてCITROENの文字を点灯させた。その大胆かつ奇抜なアイディアは、欧州の広告史に今も語り継がれている。

 かくもディディエ氏による「お任せコース」は、時間旅行ともいえる粋なものだった。

 撮影のためにしばらく停車させたあと、ふたたびエンジンをかけて、ガスと油圧を組み合わせたハイドロニューマティック・サスペンションの車高調整機能を試す。足元のレバーをディディエ氏が操作すると、車高は意外に速く上下した。個体差もあるのだろうが、ボクの記憶では後年のモデル「CX」「XM」よりも速い。そのさまは、小春日和の中で動物が背伸びをするが如くだった。

■もしや英才教育?

 聞けば、ディディエ氏はDSのほかに2CVやトラクシォン・アヴァンといったシトロエン歴史車も所有しているという。そして「次回はトラクシォンで回りましょう」と誘ってくれた。パリに来る楽しみが増えた。 

 ふと、暮れにディディエ家からもらったクリスマスカードを思い出した。彼の息子が描いたもので、往年のシトロエン「メアリ」と「Hバン」が色鉛筆で描かれていた。車種選択がいまどきの子供ではない。

ディディエ氏の家では、シトロエン・ファン第2世代育成のための英才教育が、すでに開始されているに違いない?と ボクは勝手な想像をした。

 ちなみにその日ディディエ氏は最後まで無事に運転をこなし、ボクが想定した出番はなかった。しかし「これでいつでもDSを運転できるぜ!」という、目に見えぬパリ土産を頂いたことは確かだった。

プロフィール

大矢アキオ Akio Lorenzo OYA
 歌うようにイタリアを語り、イタリアのクルマを熱く伝えるコラムニスト。1966年、東京生まれ、国立音大卒(バイオリン専攻)。二玄社「SUPER CAR GRAPHIC」編集記者を経て、96年独立、トスカーナに渡る。自動車雑誌やWebサイトのほか、テレビ・ラジオで活躍中。
 主な著書に『イタリア式クルマ生活術』『カンティーナを巡る冒険旅行』、訳書に『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(いずれも光人社)。最新刊は、『Hotするイタリア―イタリアでは30万円で別荘が持てるって?』(二玄社)。

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