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イタリア発アモーレ!モトーレ!

花の都でスイカ作り

2008年03月07日

■「ナヴィゴ」の時代がやってきた!

写真ナヴィゴ専用の自動改札
写真カルト・オランジュ
写真ナヴィゴ本体の表および裏面
写真もう1枚のカードに写真を自分で貼り付ける
写真市電やバスに設置されたナヴィゴ読取機

 21年前の1987年、初めてパリを訪れたとき、地下鉄にまだ「1等車」が残っていた。長距離路線ではない。市中心部を走る市営地下鉄の車両にである。

 1等車の車内は、2等車よりシートが若干肉厚になっていた気がする。そして何より空いていた。乗っているのは、ボクのように興味本位の者は少数派で、1等車用定期を持っている人と思われた。多くはお年寄りである。容易に座れ、混雑に乗じたスリなども少なかったのだろう。

 そんな思い出話はさておき、先月パリに赴いたときだ。地下鉄駅で1枚の張り紙を発見した。「カルト・オランジュは今年中に廃止されます。ナヴィゴに切り替えを!」

 Carte Orangeとは、パリ市内および近郊交通用の定期券である。不正貸与防止のための写真が入ったカードと、1週間もしくは1カ月用の切符との組み合わせだ。

 地下鉄に乗るときは、その都度「切符」のほうを自動改札機に挿入しなければならない。有効期間中はエリア内の地下鉄やバス、市電、近郊鉄道が乗り放題になる。現在、料金は1週間16.3ユーロである(市内第1、第2ゾーン内)。有効期限が月―日曜までと固定されている不便さはある。しかし普通の切符1枚が1.5ユーロだから、週に11回以上乗る人はお得になる。

 いっぽうNavigoはそれに代わる非接触式カードである。簡単にいえば「JRスイカ」「パスモ」のパリ版であるが、料金チャージの際にその旨選択すれば、従来のカルト・オランジュの要領・料金で定期券がわりに使える。

■甦れ、おたくスピリット!

 もちろんボクは、2001年からパリ交通営団がナヴィゴに順次移行させていることを知っていた。

 しかしボクにとってカルト・オランジュは、パリに初めて短期留学したとき以来、ずっと使ってきた、いわば思い出のカードである。それにカルト・オランジュのときは書類に記入させられた記憶があり、なにやら面倒くさそうだ。

 でも待てよ。生来ボクは新しいもの好きであったはずだ。1982年、日本でテレホンカード式公衆電話が登場したとき、当時数少ない対応電話機が設置されていた田園調布駅前から青梅線沿線の自宅まで、用もないのに電話してみたものだ。あの頃の「おたく精神」を捨てるのは、若ささえ捨てる気がした。

 そこで勇気をもって、まずは地下鉄の駅でナヴィゴの案内冊子をもらってきた。 それによると、パリおよび近郊で既に200万人がナヴィゴを使っているという。闘志がむらむらと湧く。

 ナヴィゴには数種類あるが、在住・在勤でない人が所持できるのは「デコヴェルト」と名付けられたものだ。在住者用が作成無料かつ紛失時に再発行があるのに対して、5ユーロ必要で再発行もない。だが在住者用が「2−3週間後に自宅へ郵送」なのに対して、その場で手に入るという。

 説明を見ると、カルト・オランジュの時代同様、他人への不正貸与を防ぐため顔写真が必要なことがわかった。そこで翌日、写真と5ユーロを持って、地下鉄の駅へと赴いた。まずは窓口で「ナヴィゴください」と告げる。すると女性職員が「まずはあれで」と脇にある自動券売機を指した。

 日本のスイカ発売機同様、券売機でナヴィゴも買えるのか? しかし写真はどうやって貼り付けるんだ? 

 券売機の前でもたもたしていると、他の客に迷惑と判断した職員が事務室から出てきて代わりに操作してくれた。

 普通の切符購入と同様に5ユーロを入れると、これまた普通の切符状のものが出てきた。職員はそれを受け取ると事務室に戻って、ナヴィゴが入った袋をボクに渡してくれた。さきほどの切符状のものは、引き換え券だったのである。ナヴィゴが券売機から直接出てくるのではなかったのだ。

 で、写真はどうするの?と聞けば、「あとは自分で貼り付けて」と言う。日本とのあまりの違いにパニックに陥ったボクは、いったん滞在先の貸しアパルトマンに引き返すことにした。

■カードは2枚

 駅で入手した袋を落ち着いて開封すると、なかには2枚のカードが入っていた。1枚はICチップが埋め込まれたプラスチックカード。もう1枚は同じ番号が刻印された紙製カードである。その紙製のほうに写真を貼り付け、両方のカードを常時携帯する仕組みであることが判明した。

 2枚を同時収納する透明ケースが付いているとはいえ、日本の非接触カードからすると、やはり嵩張る。写真は自分で指定の位置に貼り付けたあと、カードに付いている透明シールを上から貼る。

 ところがヘルメット選びのときも難航する自分の「デカ顔」が災いした。持っていた写真をそのサイズに合わせて切ったら、顔の周囲の余白がなくなってしまった。

 近所の証明写真機で撮り直してきて、再チャレンジである。透明シールは、大事な本の表紙に保護フィルムをかける要領だ。気泡を入れないよう慎重に貼る。昔ポスターを部屋に飾るべく、「ハレパネ」という粘着式パネルに貼っていた頃の自分を思い出してくる。

 とにもかくにも「パリ式スイカ」には、ちょっとした作法が必要なのだった。

■ボンジュールから「ビコン!」に

 ところで従来のカルト・オランジュでは、改札のないバスに乗るときは運転士さんにそれを提示しながら乗り込むのが規則だった。

 そのとき多くの客は「ボンジュール」と運転士さんに声をかけ、運転士さんも「ボンジュール」と答えていた。殺伐とした欧州都市の交通機関にあって、その挨拶はすがすがしく感じたものだ。

 ところが最近ナヴィゴ普及にしたがい、運転士に挨拶するお客が減ってきた。ナヴィゴ読取機にカードをかざすのに、気をとられてしまうのであろう。ボンジュールのかわりに「ビコン!」という電子音ばかりが車内にこだまするようになった。

 1等車に続いて、パリの奇跡がひとつ失われつつある。

プロフィール

大矢アキオ Akio Lorenzo OYA
 歌うようにイタリアを語り、イタリアのクルマを熱く伝えるコラムニスト。1966年、東京生まれ、国立音大卒(バイオリン専攻)。二玄社「SUPER CAR GRAPHIC」編集記者を経て、96年独立、トスカーナに渡る。自動車雑誌やWebサイトのほか、テレビ・ラジオで活躍中。
 主な著書に『イタリア式クルマ生活術』『カンティーナを巡る冒険旅行』、訳書に『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(いずれも光人社)。最新刊は、『Hotするイタリア―イタリアでは30万円で別荘が持てるって?』(二玄社)。

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