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イタリア発アモーレ!モトーレ!

あの世まで?フィアット・パンダ

2008年04月04日

■早くも3代目

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ジュリオさんと新たに購入した初代パンダ

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前のクルマと変わらぬ慣れ親しんだダッシュボードの前で

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7年落ちで走行僅か3万5000キロはイタリアの奇跡

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以前の「赤パン」と夫妻。2005年撮影

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テールゲートに付いた「ヤング」シール

 イタリアでは、早くも3代目フィアット・パンダの予想イラストが自動車雑誌に出回り始めた。今の2代目パンダは、2003年の発表である。すでにデビュー5年が経過し、日本の軽自動車のサイクルからすれば、たしかにモデルチェンジどきである。

 だが待てよ。初代が23年も生産されたのを考えると早すぎないか。

 フィアット自体にそれだけ開発力・資金力がついてきたといえば喜ばしいことだ。安全性や環境性能といった自動車に求められる要素が、昔とは比べものにならないペースで増えていることも知っている。

 でもやはり「初代は偉大だったんだな」となにやら複雑な気がしてしまうのである。

■新型と思いきや

 先日のことだ。女房の命令に従い、近所の精肉店にソーセージを買いに行った。

 店主のエルシーリアおばちゃんは2005年、本連載の「あの世に行くまでフィアット・パンダ」で1993年型オーナーとして登場してくれた人物である。店と郊外の家の往復に使い続け、当時すでに12年間29万キロを走破していた。

 それを思い出したボクは、「あの赤いパンダ、元気?」と声をかけてみた。

 すると、エルシーリアおばちゃんは、「あれは、もうないわよ」と言うではないか。

 本人も、電力会社を定年退職して店を手伝う夫のジュリオさんも、ともに60歳を超えた。ついにもっと安楽なクルマに買い換えたか?とボクは思った。

 で、何買ったの?とボクは当然のことながら質問した。

 するとおばちゃんは、「今度は白」と言う。「白のパンダよ」

 そうか。ついにおばちゃん夫婦も2代目パンダを買ったのか。おばちゃんは次なる接客に追われているので、ボクはジュリオさんに頼んで、実車を見せてもらうことした。

 ソーセージの入った袋をぶら下げながら、作業着を着たジュリオさんについて行く。駐車場に到着するやいなや、ジュリオさんは1台のクルマを指差した。

 「これだよ」

 そこにあるのは、白の初代パンダだった。

 そう、夫婦はすでに生産終了した初代パンダを再度購入したのだ。まだ購入して8日目という。

 前のパンダは“生涯”を通じて大きな故障知らずだったが、ある日突然「ギアがくたばって、ウンともスンとも動かなくなったんだ」とジュリオさんは言う。

 救援に来てもらったところ、15年ものパンダの修理にはかなり高額を要することが判明した。

 ところが事態は好転した。その救援メカニックが営む修理工場に、パンダ中古車の在庫があったのだ。

 後日見に行くと、クルマは驚くほど程度良好で、即決したのだという。たしかにボクが見てもコンディションが良い。ガレージにしまわれていたと見た。

 ジュリオさんはフロントフードを開けて、「ほら、この通りだ」と嬉しそうな顔をする。たしかにエンジンも、その横に積まれたスペアタイアもきれいだ。

 室内もイタリアにおける7年落ちのクルマにしては傷んでいない。タバコによる焼け焦げや臭いもないところからして禁煙車だったに違いない。ちなみに、今は早くもエルシーリアおばちゃんが作る特製ハーブスパイスの香りが漂っていた。

 走行距離計を見て驚いた。たった3万5千キロである。徹底的にクルマを使う人が多いイタリアで、この距離は奇跡だ。

 それで気になるお値段は?と聞くと、ジュリオさんは「2000ユーロ(約31万円)だったよ」と教えてくれた。なかなかいい買い物である。

■ヤング!!

 おばちゃんにも礼を言おうと店に戻り、ふと思い出したのは3年前本欄に登場してもらったときの“締め”の言葉である。

 「もし今のが壊れたら、また中古の旧型パンダを探してきて乗るつもりよ。きっと私は、あの世に行くまでパンダね。アハハ」……

 エルシーリアおばちゃんは、約束を守ったわけである。

 この勢いだと、本当にあの世までパンダですね、というブラックジョークを口に出そうと思ったが、思いとどまった。「現行型が高くて買えなかっただけなのよ」と彼女は謙遜する。

 しかし、おばちゃん夫婦は学生用アパートも所有している家主さんだ。買おうと思えば現行型だって買えるはずだ。

 それを敢えてせず、慣れ親しんだ旧型を選ぶ。保守的というなかれ。特に車好きでなければこれもひとつの選択肢である。

 この国では初代パンダ以前、フィアット500でも同様に、何台も下駄がわりに乗り継いだ家族が多数いた。イタリアの自動車文化をフェラーリやランボルギーニだけに代弁させてはいけない。こうした普通の人の、普通のクルマ生活こそ本当の姿なのだ。

 帰りがけ、白いパンダの前をもう一度通りかかった。見ると「ヤング」と書いてあった。Youngとは当時存在した仕様名である。

 この言葉、日本では死語に近く、今や発音するのさえこっ恥ずかしい。だが、考えてみれば若者バージョンに乗る60過ぎの夫婦か…。「こういうおじさんに、私もなりたい」と思った。

プロフィール

大矢アキオ Akio Lorenzo OYA
 歌うようにイタリアを語り、イタリアのクルマを熱く伝えるコラムニスト。1966年、東京生まれ、国立音大卒(バイオリン専攻)。二玄社「SUPER CAR GRAPHIC」編集記者を経て、96年独立、トスカーナに渡る。自動車雑誌やWebサイトのほか、テレビ・ラジオで活躍中。
 主な著書に『イタリア式クルマ生活術』『カンティーナを巡る冒険旅行』、訳書に『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(いずれも光人社)。最新刊は、『Hotするイタリア―イタリアでは30万円で別荘が持てるって?』(二玄社)。


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