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イタリア発アモーレ!モトーレ!

絵ハガキには無いけれど

2008年04月25日

■カタツムリに憑かれて

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パリ郊外に住むオッシュ氏と愛車の404

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デビュー年の1960年に制定されたエンブレム

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あるべきところに、あるものがある真面目なダッシュボード

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新車時のものを再現した推奨オイル/ガソリンのステッカー

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かのピニン・ファリーナさえ、米国のモードに心動かされたか?

 カタツムリとカエルに、とり憑かれていたことがある。

 といっても、怨霊とかではない。食のうんちくに長けていないとガールフレンドにもてないと信じ込んでいた、東京の学生時代の話である。

 デートで食事に行くのに、まずは先に知っていないと格好悪い。そこである日フランス料理店に一人で行き、エスカルゴを注文した。

 幸い、思ったより「げてもの」ではなかった。残りのソースをパンに染み込ませて食べるという習慣も、その小さな店の店主が教えてくれた。

 だが学生の身には高価だった。他のものを頼めず、エスカルゴだけ食べて帰るという、情けない客を演じることになった。ついでにいえば、その後もガールフレンドを誘ってフルコースを食べることもなかった。

 カエル経験も似たようなものだ。

 こちらはイタリアに住んでからのことだが、パリに滞在した際、絶対食べてやろうと思った。だが、レストランでひと皿食べる値段は、東京で牛丼を十数回食べられることに気づいたボクは落胆した。

 ようやくスーパーにレトルトでもカエルを売っていることを発見。初めて食べたカエルは、骨こそ多いものの意外に淡白な味で気に入った。

 ただし貸しアパートの狭い台所で調理してもらった女房には、「旅行先まで来て、なんで料理しなくちゃいけないのヨ」とさんざん怒られた。

 その後仕事でフランスの各地をまわり、もっと素朴で美味い地方料理を知る前の、なんともお恥ずかしい話である。

■限りなく「地味」

 話は変わるが、プジョー404というクルマがある。1960年に発表された中型のプジョーだ。

 しかし、どうもボクはこの時代のプジョーが苦手であった。前年の1959年に発表された403同様、スタイリングはイタリアのピニン・ファリーナによるものだが、あまりにアクがなさすぎる。絵本に出てくる、メーカー不詳のクルマみたいである。同じ時代のシトロエンDSから比べると、なんとも没個性的だ。

 メカニズムも実直そのものである。直列4気筒エンジンはガソリンが1.6リッター、ディーゼルが1.9リッターだ。パワートレーンも後輪にプロペラシャフトで伝えるという基本的なレイアウトだ。当時ディーゼル乗用車はプジョーが先鞭をつけていた分野とはいえ、やはり地味である。

 そのためか、パリのお土産屋さんで、シトロエンDSや2CVを風景に織り込んだ絵葉書はあっても、プジョー404が描かれた葉書はボクの知る限り見たことがない。

■DSよりも

 しかし、フランスには404のファンが多い。

 ここに紹介するアラン・オシュ氏もそのひとりだ。日ごろは大手保険会社に勤務し、休日は自動車クラブの役員もしている彼が所有しているのは1964年型である。不躾ながら、なぜこんな“普通のクルマ”が好きなのか、オシュ氏に聞いてみた。

 すると彼は、嫌な顔をするどころか、なんとも穏やかな顔でこう答えてくれた。

 「子供の頃、ずっと家にあったからさ」

 彼は昔父親が乗っていたのと同型の404を数年前に手に入れたのだという。

 当時シトロエンDSは、404よりもひとクラス上で、医師や個人事業主のクルマという印象が強かったという。それに対して404はより一般人に近いクルマだったらしい。

 また、404は、1960年代にタクシーとして広く使われていたという。これは家に帰ってからボクが調べたことだが、404は生産終了する1975年までに約2百万台が造られている。対して、シトロエンDSは404よりも5年長いライフサイクルにもかかわらず総生産台数は133万台に留まっている。

 404はアフリカでもフランス旧植民地・旧保護国を中心に、その耐久性の高さから好評を博した。サファリラリーにおける優勝も、人気を後押しした。

 以前ボクが訪れたチュニジアでも、404は至る所で元気に走り回っていたものだ。

■鍋料理のごとく

 もうひとつ驚くべきことは、プジョーはその歴史部門『アヴァンテュール』が、今も404のパーツ供給を行なっていることだ。こうしたサービスはドイツ系メーカーが充実しているが、プジョーのそれも大したものなのである。

 おかげで今も元気な404が多く、休日というとオシュ氏のクルマのようにガレージからムクムクと起き上がってくる。

 オシュ氏は、彼は母親とふたり暮らしだという。

 母親の404に対する印象は聞き忘れたが、その昔家にあったクルマである。

 きっと彼女も温かい眼差しを注いでいることだろう。

 404を陽だまりで撮影していると、同じ通りに住んでいるというお年寄りがクルマのところにやってきた。

 せっかくボクもいるので、ケーキを買ってきてみんなでお茶にしようということになった。

 オシュ氏はお年寄りを助手席に乗せると、駅前商店街まで走りだした。観光客用の絵葉書には登場しないけれど、普通のフランス人にとって、404はDSよりも心象風景の中に刻まれているとみた。

 誰もが素直に受け入れられるデザイン。DSの攻撃的なまでのアヴァンギャルド性とはあまりに対照的でありながら、それはそれで立派なことに、この歳になって気がついた。

 ちなみに、イタリアにおける当時の広告を掘り返してみると、ずばり「C’est serieux(真面目です)」がキャッチであった。

 シトロエンDSがエスカルゴやカエルなら、さながらプジョー404はフランスの田舎における、一見ぶっきらぼうだけど妙に心温まる鍋料理。そんな感じを抱いたボクであった。

プロフィール

大矢アキオ Akio Lorenzo OYA
 歌うようにイタリアを語り、イタリアのクルマを熱く伝えるコラムニスト。1966年、東京生まれ、国立音大卒(バイオリン専攻)。二玄社「SUPER CAR GRAPHIC」編集記者を経て、96年独立、トスカーナに渡る。自動車雑誌やWebサイトのほか、テレビ・ラジオで活躍中。
 主な著書に『イタリア式クルマ生活術』『カンティーナを巡る冒険旅行』、訳書に『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(いずれも光人社)。最新刊は、『Hotするイタリア―イタリアでは30万円で別荘が持てるって?』(二玄社)。


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