2008年5月16日
ピニンファリーナ・エクストラによるキッチン。2002年(Pininfarina提供)
卵型チョコレートと、中に入ったノベルティ。2007年(Pininfarina提供)パッケージのさまざまな場所にDesign by Pininfarinaの文字が
パッケージの底面はスタンドになる
温泉歯ブラシと並べてみたところ
■名門の挑戦
トリノを代表するカロッツェリアのひとつ、ピニンファリーナには、自動車以外のデザインを担当する『ピニンファリーナ・エクストラ(PE)』という関連会社がある。
設立は1986年である。以来、システムキッチンや有名なコーヒー会社『ラヴァッツァ』のエスプレッソマシーン、さらにはチョコレートと、手がけた作品の領域は限りなく広い。
そのPE社が、歯ブラシをデザインした。ユニリーバ社が製造する 『メンタデント・スタイルテック』である。
PEのパオロ・ピニンファリーナ社長によれば、大量消費財で、かつ単純用途の商品に、高度な機能と視覚的効果を与える仕事だったという。たしかに同社作品のなかで、ここまで普及を前提とした商品は、ボクが知る限りない。
日本風にいえば、「あなたに最も近いピニンファリーナ」といったところか。
■清水の舞台から飛び降りる
『スタイルテック』は、2007年秋にイタリアで発売された。
ところがボクの住むシエナのような県都でも、なかなか手に入らない。デンタルケア専門店にも赴いて聞いてみたが、売っていない。ようやく見つけたのは我が家から400キロ離れたミラノ郊外のスーパーだった。思わず「あったーッ」と日本語で声を上げてしまった。ネッシーやツチノコを発見した人というのは、こういう気持ちなのだろう。
他の歯ブラシと違い、円筒型の容器に入っている。パッケージからして気合が入っている。念のため説明しておくと、円筒ケースといっても日本で70〜80年代に修学旅行の必携品だったような軟質ビニールではなく、硬質プラスチックである。
さて気になるお値段は?
3.5ユーロ。日本円にして約560円である。
日頃、日本のホテルや温泉ランドでもらってきた、ビニール袋に「おはようございます」と書かれた歯磨き粉付き歯ブラシで凌ぎ、原稿料が入ったときにようやく4本1.7ユーロ(約270円)の安売り品を使っている身だ。清水の舞台から飛び降りるつもりで購入した。
■風洞実験あり?
購入したスタイルテックは、もったいないので、しばらく書棚に飾っておいた。
だが、「使って原稿を書き、少しでも稼いで取り返せ」という女房の叱責を受けて、先日ようやく開封することにした。
開けてびっくり。Design by Pininfarinaと刻印された底部がスタンドの役目を果たし、歯ブラシ不使用時は立てかけられるようになっている。ちょっとしたオブジェ感覚である。イタリア車ファンにたまらない。
ただし使用後に仕事机に立てかけておいたら、「使ったものは気持ち悪いから」という理由で、またまた女房に怒られた。
歯ブラシ本体は曲面を多用したデザインで、思わずピニンファリーナ自慢の風洞実験も行なわれたのではないか?と想像してしまった。指のあたる部分は、やや軟質のプラスチックになっている。
ブラシ面の山型カットは歯間に心地よく入り込む。パッケージに書かれたスペックによれば、ヘッド内に埋め込まれた金属の作用などにより、歯石の除去率は従来品より15%向上しているという。前後の重量バランスが良好で、無駄な力をかけずに磨けるのにも気づく。
ついでに驚いたのは耐久性だ。現在ボクは歯列矯正器具を付けているため、歯ブラシの磨耗が早い。そのため奮発して何回か買った、ちょっと上質な歯ブラシもすぐダメにしてしまった。対してピニンファリーナの歯ブラシは、なかなか毛がバラバラにならないのだ。
■かつてない悩ましさ
今から心配している問題は、たとえスタイルテックであろうと、いつか寿命が来たときである。そのときには、またまた400km先まで買いに行かなければならない。
「消耗した高級歯ブラシを使い続ける」対「温泉ランドの新品歯ブラシをまめに交換する」というのは、「整備不良の古いメルセデスSクラスに乗り続けめる」対「最新型の軽自動車」と同じようなものだとはわかっているのだが。
結局女房の案で、「トイレの細かい部分の掃除ブラシとして、余生を送ってもらうのが一番ではないか」ということになった。
ところが、本稿を執筆するにあたりイタリアのオークションサイトを調べたところ、スタイルテックの2千本限定生産版・ブラック仕様が300ユーロ(4万8千円)で売り出されていることを知った。
実際に応札があったかは不明だが、“ノーマル仕様”でも時間がたてば、それなりのプレミアムが?いや、やっぱり使用済みじゃだめか? 少なくともトイレ転用は食い止めたい・・・。
ボクの人生で、いまだかつてなかった悩ましい歯ブラシである。

歌うようにイタリアを語り、イタリアのクルマを熱く伝えるコラムニスト。1966年、東京生まれ、国立音大卒(バイオリン専攻)。二玄社「SUPER CAR GRAPHIC」編集記者を経て、96年独立、トスカーナに渡る。自動車雑誌やWebサイトのほか、テレビ・ラジオで活躍中。
主な著書に『イタリア式クルマ生活術』、『カンティーナを巡る冒険旅行』、訳書に『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(いずれも光人社)。最新刊は、『Hotするイタリア―イタリアでは30万円で別荘が持てるって?』(二玄社)。