2009年6月26日
なにげないガソリンスタンドだが…
片隅でなにやらベスパを修理していた
事務所には「ベスパ・クラブ」のプレートも
クリスさんは英国人だった
事務所裏の工作室
■ローマのスタンドにて
日頃シエナのような呑気な地方都市に住んでいるボクにとって、首都ローマはえらく殺伐としたものに映る。いや、クルマを運転していると「びびる」というに近い。
先日訪れたときも「びびっ」た。中央分離帯にいきなり車が放置されているかと思えば、燃やされたスクーターの残骸を立て続けに数台目撃した。信号で停まれば、不法滞在の外国人と思われる窓拭きのアルバイトがたちまち寄ってくる。
「アリヴェデルチ、ローマ(また会いましょうローマ)」ではなく、「アッディーオ、ローマ(さらばローマ)」と叫びたい気持ちだった。
そのようなローマ南郊でのことである。燃料を入れようと、道端のガソリンスタンドに飛び込んだ。洗車スペースもない。クルマ2台も同時に来ればいっぱいになってしまうような給油所である。限りなく歩道の延長というに相応しい。
見ると、プレハブの事務所の脇で、ひとりの男が古いスクーターを一生懸命修理している。綾小路きみまろの如く、髪の毛を後ろに束ねていた。
スクーターはベスパである。映画『ローマの休日』でオードリー・ヘップバーンとグレゴリー・ペックが乗った、あのスクーターの末裔だ。修理しているその男がガソリンを入れてくれるのか? とボクは声をかけた。
すると、彼は「今は昼休みだから、セルフなんですよ」と、すまなそうに言う。まあいいか、ということで、自分で給油機を握って燃料を入れ、脇にある自動機で料金を精算した。そうこうしている間に、男は修理していたベスパにまたがり、マフラーから白煙を吐かせながらテスト走行に行ってしまった。
さほほどのプレハブ事務所を見ると、窓に「ヴェスパ・クラブ・ローマ」と書かれたプレートが掲げられている。
どうなってるんだ、このスタンド。
帰ってきた男をつかまえて、「これ、なんですか?」と聞いてみた。すると彼は、ここが地元ベスパ・クラブの連絡所になっていることを教えてくれた。ところがそれだけではなかった。「ボク、古いベスパ直して売ってるんですよ」と言うではないか。
どこか英語訛りのイタリア語なので「失礼ですが」と聞けば、イギリス人だった。クリスさんという彼はローマに住んで10年。中古ベスパを発掘しては丁寧に再生し、各国のファンに販売しながら生活してきたのだという。彼はスタンドの従業員ではなく、その場を借りて仕事をしていたのだ。
■秘密基地感覚
「修理ブースも見てってください」とクリスさんは言う。こんな狭いスタンドでどこに案内されるのかと思えば、なんと事務所の裏と外壁の間に工作室がしつらえてあるではないか。
畳一畳半程度の広さではあるが、ひととおりの工具が揃っている。工作室の壁はスタンド囲む外壁を流用しているのだが、その煉瓦がいい風合いを出している。
ちなみに再生ベスパの価格は、年式や状態にもよるが1500〜1600ユーロ(約20〜21万円)あたりからという。クリスさんによれば、長いことイタリアには古いベスパやそのライバルモデルであるランブレッタがたくさんあり、ただ同然で仕入れることができたと証言する。
やがてヨーロッパ諸国はもとより、日本や中国からも注文を受けるようになった。ところがここ数年は、売り手もオールド・ペスパの人気を知ってしまったおかげで、仕入れ値が高騰してしまったそうだ。
ボクが「フィアット500と同じ現象ですね」というと、ニコルさんは「そうそう」と頷いた。「だから最近は、イギリスで古いベスパを仕入れる、なんていう不思議なこともやっているんですよ」と笑いながら教えてくれた。
やがて、クリスさんにスペースを貸しているスタンドの主も昼休みを終えて帰ってきた。パオロさんという彼もベスパの熱心な愛好家だった。後日給油所のホームページを見たら、その中でもクリスさんの再生したベスパを「新車当時よりも良コンディション」というタイトルとともに紹介していた。
ふたたび外に出ると、植え込みをはさんだ歩道側に、再生を終えたベスパが2台置かれているのに気づいた。彼らの展示スペースである。
そういえば、日本でもボクが子供の頃は、多くのスタンドが古いクルマを片隅に置いていたものだ。それらはアイキャッチ効果とともに、「うちのスタンドは、こんな古いのを直せるくらい、腕がいいんだぜ」という自負が込められていた。もちろんニコルさんのベ スパは売り物である。でもスタンドの客寄せ効果もあることを願おう。
けだるい街の、ふと立ち寄ったスタンドで、こんな熱い人たちと出会えるとは!
だからイタリアの道を走るのは、やめられない。
それにしても、クリスさんの工作室には惹かれるものがあった。その理由は?
秘密基地感覚だからである。子どもの頃、家の押入れに作った、あれだ。親に「そんなところから出ろ」といわれても、いろいろなおもちゃを持ち込んでは、暗く狭い中で楽しんでいた。
暑い中で働く本人の苦労を思えば不遜ではあるが、大人になってもその延長のようなところにいられるクリスさんが、どこか羨ましく映ったのだ。

歌うようにイタリアを語り、イタリアのクルマを熱く伝えるコラムニスト。1966年、東京生まれ、国立音大卒(バイオリン専攻)。二玄社「SUPER CAR GRAPHIC」編集記者を経て、96年独立、トスカーナに渡る。自動車雑誌やWebサイトのほか、テレビ・ラジオで活躍中。
主な著書に『イタリア式クルマ生活術』、『カンティーナを巡る冒険旅行』、訳書に『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(いずれも光人社)。最新刊は、『Hotするイタリア―イタリアでは30万円で別荘が持てるって?』(二玄社)。