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フィアット・パンダのようなテレビ

2009年7月3日

  • 筆者 大矢アキオ

写真我が家に鎮座しているミヴァール製テレビ。1996年購入写真あるホテルの客室にあったもの。我が家より後年のものだ写真リモコンのデザインは大なり小なり共通写真知人ルカの家にて。1980年代初頭のモデルか写真初代フィアット・パンダ(FIAT提供)

■抱えて帰った、初めてのテレビ

 イタリアでも、地上波デジタルテレビ放送への移行が着々と進んでいる。他地方よりデジタル化が進んでいるトリノやローマの家電量販店では、デコーダーが山積みにして売られるようになった。標準的なものなら、40ユーロ(約5400円)あたりが相場だ。

 いっぽう、我が家といえば、いまだ地上波デジタル対応テレビがない。かわりにあるのは、イタリアにやってきたばかりの1996年に手に入れた、ブラウン管式小型テレビである。 ミヴァールMIVARという、イタリアのブランドである。

 背景はこうだ。最初はラジオを聴こうと、ラジカセ(死語!)を購入した。しかしまだイタリア語が拙かった身に、音声だけのラジオは思ったより退屈だった。

そこで思い切って、テレビを買うことにした。もちろん当時はこんなに長くイタリアに住むとは思わなかったので、購入するかどうか相当悩んだ。

 結局帰着した結論は、「ブランドやデザインにこだわらず、とにかく安いテレビを買う」ということだった。当時はクルマを持っていなかったので、郊外の大型家電量販店には行けかなった。だから、歩いて行けるところにあるスーパーの一角にある、小さな家電コーナーに赴いた。

 そこで僅かな選択肢のなかから偶然選んだのが、ミヴァールだったというわけである。リモコンこそはカラフルで洒落ているが、本体は、なんということもないデザインである。

 レジで渡された段ボールはそれなりに重く、帰り道を抱えて歩くと、街行く人の視線を集めたが。だが、これでイタリアのテレビが楽しめるかと思うと苦にならなかった。家に帰ってスイッチを入れると、ちょうどF1中継が映った。

 日本では時差の関係で夜になってしまい、観る元気がわかなかった欧州のF1戦を、昼飯を食べながら観戦できるとは。ボクにとってはモナコ・グランプリをヨット上で見ているのと同じくらい、贅沢なことだと感激したものだ。

■転げ落ちても壊れない

 このミヴァール製テレビ、我が家の2回にわたる引越しにも維持し続けた。壊れることもなく、処分する理由がなかったからだ。

 こんなこともあった。ある日、掃除をするため、そのテレビを布団の上に移しておいた。ところが、もはや「せんべい布団」だと思っていたそれは、意外にも反発力が残存していた。テレビはタイル床の上に、どかんと落下してしまった。

 見ると、本体のプラスチック部に若干亀裂が入っていた。しかし、打ちどころが良かったようで、ブラウン管自体は割れていない。念のため、裏蓋を開けてブラウン管を仔細にチェックした。実はそれはマレーシアからの調達部品だったが、こちらにも損傷は見当たらなかった。

 恐る恐る電源を入れてみると、何ごともなかったかのように、いつものニュースキャスターの親父が映った。この事件以来、ボクとしては、このなんでもないテレビに特別な愛着がわくようになった。

 ついでにいうとリモコンも丈夫だ。テーブルクロスを片付けるついでに、上に置いてあったリモコンも一緒に払ってしまい、床に落としてしまうことが何度もあったが壊れなかった。先日、タイマーが内蔵されているかのごとく保証期間直後に壊れて不動となった、日本ブランドのノートパソコンとは対照的である。

 同時に、旅先に宿や、知人の家で、ミヴァール製テレビにかなりの確率で遭遇することにも気がついた。

 以前本欄でオペルの話を書いたとき協力してくれた若者・ルカの家にもミヴァール製テレビがあった。子どもの頃から家にあったものを、独立してからも使い続けているらしい。「シンプルだし、一度も壊れたことがないから」と彼も証言した。

■ポスト消費主義時代のヒント?

 しかしながらボクは、ミヴァールというメーカーについてあまりよく知らなかった。そこで先日、購入後13年めにして初めて、どういう会社なのか調べてみることにした。

同社のホームページによると、ミヴァールは1945年ミラノでラジオの組み立てからスタートしている。1958年に初めてテレビに進出、現在もミラノ郊外にある工場で組み立てを行っている。

 家電業界において、イタリア企業の存在感はきわめて薄い。ミヴァール自体も社史のなかで、戦後約20社あったイタリアのテレビ製造業が、まずはドイツや米国のメーカーの進出を経験し、1970年代に入ると日本メーカーの脅威にさらされたことを、少々皮肉げに記している。

 にもかかわらず驚くべきことに、現在ミヴァールはイタリアのテレビ市場で34%のシェアを維持しているという。さすがに最近はブラウン管式テレビこそカタログから消えているが、かわりに薄型LCDテレビ数機をラインナップに揃えている。

 ミヴァールの強さの秘密は何か? メーカー自体はとくに触れていないが、筆者が察するに、「小型かつ、良質なテレビに専念した」ことであろう。大型や高級機は他国のメーカーに任せ、こつこつと標準的なテレビを造り続けたということだ。

 イタリア人はリビングに日本ブランドの高級テレビを置いていても、台所や子供部屋にはミヴァールで充分なのである。

 これ、クルマでいえば初代フィアット・パンダに似ている。BMW X5やメルセデスMLクラスを所有しているのに、「新聞を買いに行ったり、菜園にちょっと行くときのパンダは手放せない」というイタリア家庭は多い。

 ミヴァールのブラウン管式テレビと初代パンダの共通点は、安くて丈夫なことであった。それがイタリア人の支持を得て、どちらも(たとえ小変更はあっても)基本的に同じ構造で長年にわたり生産された。

 イタリアは戦後、ある時点まで日本の半歩先を行った工業国だった。そして、今成熟社会でも半歩先を歩んでいる。

 ミヴァールとパンダには、ポスト消費主義時代を生き抜く商品のヒントが隠されている気がするのだが、いかがだろうか?

プロフィール

大矢アキオ

歌うようにイタリアを語り、イタリアのクルマを熱く伝えるコラムニスト。1966年、東京生まれ、国立音大卒(バイオリン専攻)。二玄社「SUPER CAR GRAPHIC」編集記者を経て、96年独立、トスカーナに渡る。自動車雑誌やWebサイトのほか、テレビ・ラジオで活躍中。

 主な著書に『イタリア式クルマ生活術』『カンティーナを巡る冒険旅行』、訳書に『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(いずれも光人社)。最新刊は、『Hotするイタリア―イタリアでは30万円で別荘が持てるって?』(二玄社)。

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