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初代シビックがパリで晴れ舞台

2012年2月10日

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写真:ルノー・サンク40周年コーナー。ヘッドライトに目玉が付いているのは、往年のカタログイラストの再現拡大ルノー・サンク40周年コーナー。ヘッドライトに目玉が付いているのは、往年のカタログイラストの再現

写真:1982年シトロエンBXの発表会に用いられたカットモデル。説明役はシトロエンの大イベント『ユーロシトロ』のルショー委員長拡大1982年シトロエンBXの発表会に用いられたカットモデル。説明役はシトロエンの大イベント『ユーロシトロ』のルショー委員長

写真:初参加のシトロエンXM。右はクラブのデュフレンヌ会長拡大初参加のシトロエンXM。右はクラブのデュフレンヌ会長

写真:購入したマフラーの搬送は3人がかり拡大購入したマフラーの搬送は3人がかり

写真:1976年初代シビックと、現オーナーのピエール・コティ−ゼラティ氏拡大1976年初代シビックと、現オーナーのピエール・コティ−ゼラティ氏

■ヤングタイマー、さらに台頭

レトロモビル2012 前篇

 欧州を代表するヒストリックカー見本市のひとつ『レトロモビル』が、フランス・パリのポルト・ド・ヴェルサイユ見本市会場で2012年2月1日から5日まで開催された。

 第37回目の今年は、会場面積が昨年の27,500平方メートルから33,500平方メートルへと拡大され、410の出展者と7万人の来場者で賑わった。

 会期中のパリはマイナス気温が続き、最終日の5日は雪に見舞われたが、連日会場内は外の寒さを忘れさせるような熱気に満ちていた。

 今年も特別展は豊富で、ブランドごとにピックアップしても18にのぼるさまざまな展示が企画された。

 ルノーはアルピーヌA110の誕生50年を祝い、シトロエンは同社製モデルを題材にしたアートを中心に展示を繰り広げた。

 だが注目すべきは、「ヤングタイマー」といわれる比較的年式の古くないモデルの特集やクラブの増加である。

 たとえばルノーはアルピーヌA110とともに大衆車『5(サンク)』の誕生40年も企画。シトロエンは『BX』の誕生30年を祝うとともに、スタンドの一角を1989年に登場したフラッグシップ『XM』のメーカー公認クラブに初めて提供した。

 『クラブ・スティールXM』の会長でXMを2台所有するブノワ・デュフレンヌ氏(35歳)は「XMこそ最後のシトロエンらしいシトロエン」と、初参加の感激とともに熱く語る。

 プジョーのブースでも、数年前から出展している『205』の愛好会がもはやスタンドになくてはならない存在となった。

 こうした傾向を、古いモデルの愛好者たちはどう見ているのか? シトロエンの歴史的名車『DS』『ID』の愛好会で会長を務めるシルヴァン・モルバンジェール氏に聞くと、「とてもいいことだよ」と即座に答えが返ってきた。新しいタイプのクラブが入ることはブランド全体の活気につながる、と肯定的に捉えているようだ。とかく古いモデルの愛好者は、新しいモデルのファンを軽んじることがあるが、ここレトロモビルではそういう心配はない。

■シビックの40年

 アニバーサリーといえば、今年はもうひとつ忘れてはいけないものがあった。

 『ホンダ・シビックの誕生40周年』である。

 スタンドに展示された1976年初代シビックはメンバーのひとり、ピエール・コティ−ゼラティ氏のものである。

 今日デリカテッセンで働くピエール氏だが、若い頃ホンダ・ディーラーで働いていたのがホンダとの出会いだった。

 当時高価で買えなかったS800を後年手に入れ、クラブにも入って楽しんでいたピエールさんがそのシビックと出会ったのは6年前だった。

 「コートダジュールでバカンスを過ごしていたときでした。昼下がりに街路を歩いて偶然発見したのです。塗装は退色し、あちこちに錆が浮いた哀れな姿でした。タイヤの空気もすべて抜け、へたり込んでいました」

 しかしウィンドーには「売りたし。完動(完璧に動作)品」の張り紙があった。ピエールさんは、そこに書かれていた連絡先に電話してみた。

 後日オーナーにふたたびクルマを見せてもらうと、完動品どころか、エンジンを叩き起こすのさえ時間がかかった。

 だが、そのオーナーは内張りの保護ビニールを新車時から一切剥がしていなかった。そのうえ驚いたことにエアコン装着車だった。

 「初代シビックの時代、エアコン装着車はきわめて少なかった。値段が車両価格の約半分もした高級オプションでしたからね」

 かくして彼は、そのシビックを400ユーロで引き取り、自分のものにした。

 「家に持って帰るためのトラック代が100ユーロ、ボディの補修が500ユーロ、塗装に200ユーロ、その他の費用が約700ユーロ・・・」とピエールさんは回想する。いずれにしても車両代の数倍の費用をかけて再生したというわけだ。

 さらにレストアにあたっては、米国仕様の計器やステアリングを装着し、ペダル類も『無限』製を選んだ。

 日本ではあまりに当たり前すぎて、後年大切にされなかった初代シビックが遠くフランスの地で救われ、愛情をかけて再生されていた。

 レトロモビル会場で、彼のシビックはエントランスを入ってすぐのところに飾られた。今年50年を迎えて同様にスタンドを与えられたフェラーリ250GTOのすぐ隣だ。それを見た筆者が嬉しくなったのは、いうまでもない。

プロフィール

大矢アキオ

歌うようにイタリアを語り、イタリアのクルマを熱く伝えるコラムニスト。1966年、東京生まれ、国立音大卒(バイオリン専攻)。二玄社「SUPER CAR GRAPHIC」編集記者を経て、96年独立、トスカーナに渡る。自動車雑誌やWebサイトのほか、テレビ・ラジオで活躍中。

  主な著書に、『Hotするイタリア―イタリアでは30万円で別荘が持てるって?』(二玄社)『カンティーナを巡る冒険旅行』(光人社)、訳書に『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)。最新刊は、iPad/iPhone/iPod touch用電子書籍『イタリア式クルマ生活術』(NRMパブリッシング)

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