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クルマの世紀の終わりと始まり

文=大川 悠(Ohkawa Yu / web CGエグゼクティブディレクター)


■クルマは死ぬのか

ニーデルラート
ゴットリープ・ダイムラーとヴィルヘルム・マイバッハの手になる、史上初の実用ガソリン車「ニーデルラート」(1885年)
ダイムラー・モートルヴァーゲン
モーターサイクルから四輪車へ。ダイムラー・モートルヴァーゲン(1886年)

 今、私たちはコーナーにいます。ちょうど曲がり角をかすめようというまさにその瞬間にいます。今こそ、過去を振り返り、未来に思いをはせる絶好の機会に遭遇しています。時代や社会の変化を自覚的に掴めるだけでなく、場合によっては自らその変化に積極的にコミットすることさえ可能になりました。思えばとても幸運なことだと思います。特にクルマに関わっている私たちは、ひときわ運に恵まれていると思っています。

 なぜなら、いうまでもなく、20世紀は自動車の世紀であったのだし、その自動車をどのような形で21世紀に橋渡しできるか、それを自ら考え、あるいは実行ができるからです。

 20世紀は民主主義の世紀であったとも、大量生産と大量消費の世紀だったとも、あるいはディジタル革命を含むさまざまなコミュニケーション・メディアの急速な進歩の世紀だともいえます。でも、私があえて20世紀をクルマの世紀というのは、前述のほとんどすべてがクルマなしには成り立たなかった、あるいはクルマと密接に関わっていたからです。

 曲がり角にある今、そのクルマの価値が分かるとともに、クルマが不可避的に内在してきた負の遺産もきちんと認識されるようになりました。それがはっきり世界規模で、クルマの最大の課題として問題共有されたのはせいぜいこの10年ですが、それでも21世紀に間に合ったということは、とても幸いでした。

ルヴァッソールの1号車
フランスはパナール・ルヴァッソールの1号車(1890年)。この後、間もなく、「システム・パナール」(エンジン→ギアボックス→ファイナルドライブ)を発明し、1902年にクルマとして具現化する。

 単純に考えると、クルマの抱える負の遺産は大きすぎて、これを解決するためには、最終的にクルマという概念を変えるか、捨てなくてはならないと考えがちです。化石燃料にたよらず、排ガスを出さず、環境負担がほとんどなく、安全でなおかつ社会資本に大きな影響を与えないクルマが求められているのは自明の理ですが、往々にしてそれは古典的な意味での「クルマの死」につながると、多くの人は考えがちです。

 燃料電池で走って、ITSの名前で自動操縦になり、あるいはもっと管理交通のなかに組み込まれ、あるいは個人所有から公共所有のものになる、「そんな自動車なんてクルマ本来の魅力をまったく失ってしまうのじゃないか」と将来を悲観的に考える、いわゆる閉鎖系への思考です。

 でも、すくなくとも私はそのような閉鎖系の考えはいっさい持っていません。反対にこれでクルマは新たなるステージに向けて開放されると思っています。

 なぜなら、問題の所在とその対策において、世界的な共通認識がすでにできつつあるからです。「その所在が分かれば、その問題は解決したも同然だ」とはよくいわれることですが、クルマの場合、まさにこの言葉は当てはまると思います。

■「始まりの終わり」から「成熟の始まり」へ

プジョー・クワドリシクル
ルヴァッソールからダイムラーエンジンの供給を受けてつくられたプジョー「クワドリシクル」(1890年)。プジョーは、メルセデスベンツと並び、世界でも最も古い自動車メーカーのひとつである。

 近未来のクルマの主要動力源はいうまでもなく燃料電池(水素と酸素を結合させて、電気と水を取り出す)であり、その間の一種の結節点にハイブリッドがあることは、もう世界的に認識されています。安全性の考えも、ITSの基本方向も、共同・公共使用が増えるということにおいても、同様でしょう。つまり問題がわかったし、その解決に向けての方向もわかっているのです。あとはエンジニアやクルマに関わる人たちの熱意と努力、そしてお金と時間の問題だけなのです。

 今むしろ問われているのは、そうなったときのクルマの姿がどうなっているか。あるいはそれ以上に、社会システムがどのように変化し、その中で新しいクルマがどのような形で生きて行くべきか、ということなのです。

 そしてそれを考えるに当たって何よりも大切なのは、どんな形になろうが、自己表現手段としての魅力、あるいは機械であっても、個人的なエモーションの対象という、クルマが本来持ってきた一番大切な側面は絶対に失ってはいけないし、失われないだろうということです。

 21世紀のクルマがどんな形になろうが、必ずや私たちは、そこに何らかの心を動かされるものを発見できるはずです。それ以上に、そうなったときに、これまで知らなかった新しい種類のクルマへの情感を発見できるかも知れません。

大川 悠
 それと同時に20世紀型のクルマの魅力もまた再発見されるのだと思います。新しいクルマの魅力が分かれば分かるほど、また古いクルマの価値もより深く理解できるからです。

 クルマにとって20世紀は機械、商品としての完成にいたる第一段階でした。そして21世紀には、クルマというものは、新しい社会のなかで人の心をより豊かにし、より新しい地球環境を形成していくシステムへと成長する、第二段階を迎えるのだと信じています。クルマの世界で「始まりの終わり」にさしかかっているのが今なら、これからは本当の意味での「成熟の始まり」に入るのだと思います。決して「終わりの始まり」ではないのです。

【大川 悠】
1944年生まれ。65年秋に二玄社に入社。自動車専門誌「CAR GRAPHIC」の編集記者、副編集長を経て、84年に「NAVI」を創刊し、編集長に。同職を5年間務める。現在、自動車部門編集総局長兼「web CG」エグゼクティブディレクター。

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