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アサヒ・インターネット・キャスター


読者フォーラム January  09, 2004
アメリカのベンツ

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米国イリノイ州のエンジニアIKさん

美濃口様
イタリア滞在時を思い出しながら、いつも楽しみに美濃口様のヨーロッパの考えを満喫しています。

「ドイツのタクシー」は私から見れば、ドイツのまじめなマンジュウ屋が米国の巨大スーパー経営者にだまされて、マンジュウを高級グルメマンジュウとして全世界のスーパーに売ろうとしてもがいている風に見えます。まじめにマンジュウだけを売っていればよいものを、利益優先の米国経営者に振り回されグローバルという言葉に踊らされ、高級車戦略に走っています。

ベンツは米国ではメルセデスとよばれ平均年間収入が少なくとも20万ドル以上の会社役員か有閑マダムの車になっていて、とても肉屋やパン屋の車ではありません。(米国ではスーパーのおかげで、肉屋やパン屋さんも街から消滅しました。)

利益優先、拡大戦略、トヨタに乗る人にも安価なベンツといった米国のCEOが自分の給料を増やすために練るビジネス戦略に走るとベンツも其の名声を落としていくと思います。過去の貯金でいつまでその戦略が続けられるのでしょうか。まじめな車屋に戻ってほしいものです。

ただ最近、ポルシェもSUVを販売したり、VWが高級車を販売したり、ベンツ以外のドイツの企業もおかしくなっていますが。

東京都のypsさん

「ドイツのタクシー」を読みました。
おそらくこの話はドイツだけのことで、国際的には通用しないのではないかという印象を持ちました(ドイツにいる日本の井蛙? ちなみに英国にいる日本の井蛙、つまり英国にいる日本人が日本人はしょうがないと言う人とか、日本の井蛙が国際的にハバをきかせているようです。英語で言うオクシモロンというやつ?)。

かつてのジャニス・ジョプリンの戯歌「キリストよメルセデス・ベンツをさずけたまえ」にあるようにベンツは北米でも金持ちの象徴です。小生は北米の片田舎にかなり長い間住んでいましたが、たまに都会に出るとベンツを目にすることがあり、さすがは都会だと思ったことがあります(ベンツのトラックは結構目にしましたが)。

90年代後半に日本に戻りましたが、都内のチマチマした住宅地でベンツを目にしてビックリしたことがあります。ベンツは広壮な敷地から姿をあらわすという観念がずっとあったからです。また、フランス人はドイツ嫌いで、小説にはベンツは出てきませんが、米国人の書いた小説には、金持ちのフランス人も結構ベンツを走らせていることが分かります。

話は全然違いますが、ヨーロッパにいると日本はなんとアメリカに近い国だろうと感じますが、アメリカにいると日本はなんとヨーロッパに近い国だろうと感じます。

美濃口坦: IKさま
小生のコラムのご感想をゲラゲラ笑いながら読ませていただきました。本当にありがとうございます。

米国モデルは本当にドイツでも強かったです。色々な経済研究所、主要新聞の経済記者、それからシンクタンク、今こうして会った人を思い出すとそう思います。私は文科系出身でよくわからなかったのですが、ある頃から皆が同じようなことをいうことに、それも現実とあまり関係なく、話していることに気がつきました。

私の日本での学生時代はマルクス主義の全盛時代で、皆同じようなことを、あまり現実と関係なく話していたのとあまり変わりがないのかもしれません。
ではお元気で。

ypsさん、お手紙ありがとうございました。
メルセデス・ベンツが国内でもつお肉屋さんのイメージ、つまりドイツの国内国外イメージギャップは昔から気になってしかたがない点でした。
BMWはこれほど内外のイメージ格差がないと昔から思っています。
メルセデス・ベンツのイメージも、隣国のあいだでも、また米国、アジア、特に日本とのあいだでも各々異なるだろうと想像されます。
ドイツでは長いあいだ米国車というと女を何人も操るヒモが乗るというイメージがありました。フランス映画のベンツもこれに少し近いような気がしたことがあるのですが、私の気のせいかもしれません。

「話は全然違いますが、ヨーロッパにいると日本はなんとアメリカに近い国だろうと感じますが、アメリカにいると日本はなんとヨーロッパに近い国だろうと感じます。」
というのはするどい見解であるように思われました。でも私は米国に暮らしたことがないので後半は実感できませんが、、、
ではお元気で。

岐阜市の大学非常勤講師YE(中国人)さん

岩城元氏のコラム(「断らない」人たち)について。
上海のビジネスマンの件ですが、彼の信望が地に落ちたのは、彼が「断った」からではなく、友達を裏切ったという印象を相手に与えたからだと思います。

彼は中国でビジネスをするに当たって、多くの中国人に非常に世話になったことは容易に想像できます。そのような世話をしてくれた「友達」に対し、仕事上のこととはいえ、頼みごとをビジネスの感覚で処理することは、相手に対して冷たい印象を与えることになります。

この場合、頼みを断ったかどうかが問題なのではありません。たとえ断るにせよ、相手が友達として頼んできている以上、相手の話をよく聞き、できれば何とか力になってあげたいという誠意・人情を示すべきなのです。その上で断るのであれば、まったく問題ないと思います。

中国人が「断らない」人たちであるという記述は、読者に誤解を与える危険性があると思います。なお、日本語学校の先生の送別会でプリンターの件を引き受けたのも、友達として力になってあげたいと感じたからでしょう(相手が外国からのお客さんであればなおさらです)。無理な頼みであったなら誠意を見せつつもおそらく断っていたでしょう。

東京の会社員TJさん

岩城元様
はじめまして。洒脱なお筆捌きをいつも楽しみにさせて頂いております。

ちょうど「アンビバレンス日本?」で中国人の対日感情について書いておられた直後に西安寸劇事件があったと記憶しておりますが、拝読させて頂いた内容がニュースの背景を推察(のつもりですが)する上で非常に助けになりましたことにお礼申し上げます。(むしろニュースそのものより岩城さんの書かれたタイミングの的確さに驚いたほうが大きかったかも知れません。)

さて、今回の『「断らない」人たち』、 私も日本に来ている中国人の知人がおりますが、これは想像したことがありませんでした。そこで記事を読んでもらって「どうです?」って聞いてみました。答えは、「ああ、そういうところはあると思います」、断るということは過剰に自分の身を守ろうとすると言うか、依頼した側を突き放すような受け取られ方をする傾向があるだろうなあ、というものでした。

「日本に来ているような中国人は日本人の考え方も判っているから大丈夫ですよ」と笑っていましたが・・・。また、「ビジネスだけであれば日本以上にハッキリしているかも知れないが、これはビジネス以上の人間関係を期待して(されて)いる場合の話」とも。

これぞまさしく「カルチャー・ショック」、目からウロコが落ちたものでありました。

ということでお礼まで。ありがとうございました。
今後ともご健筆をお祈り申し上げます。

岩城 元:YEさま
お便りをありがとうございました。
ご教示もありがとうございます。

YEさんが中国人についておっしゃっていることは、まことにその通りだと思いますし、私もそのように書いたつもりなのですが・・・。例えば、上海のビジネスマンの場合は最初から断ったことが問題である旨、書いていますし、プリンターの場合も結局は断っています(断り役は私でしたが)。ですから、中国人は何が何でも「断らない」というふうには、決して断言していません。最初からいきなりは断らないということを書いたつもりなのです。

もっとも、見出しだけから判断すれば、おっしゃるようなことになるかも知れませんが。
今後ともよろしくお願い申し上げます。

TJさま
お便りをありがとうございました。
また「お礼」とは、まことに恐縮です。
今後ともなにとぞよろしくお願い申し上げます。

??のYMさん

高成田論説委員のイラクに関する論説を読みながら、自分なりに感じたことを纏めたものがあります。ご参考になれば幸いです。

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イラク派兵
過去の日本の歴史を振り返ると、米英と友好関係を維持している間は国情が安定している時期であったという指摘があります。景気の良さそうに見えたナチス・ドイツなどと結んで、日本は大変な目に遭ったのです。従って、英米と日本との歴史的経緯を良く知る人々の説く、米英との友好関係を崩してはいけない、という見解は、事実を踏まえた傾聴に価する意見です(例えば、阿川弘之氏が文芸春秋03年5月号の巻頭言にそのことを書かれています)。

そのような意見があるからだけではなく、アメリカとの友好関係の保持は、日本の平和と安全を守るための重要な政策であるとの判断のうえで、戦後一貫して維持されています。この政策は、日本を守るために(1)外交努力をし、(2)自主防衛努力をし、それに加えて(3)日米安全保障体制という名前でアメリカに助けてもらう、という3段構えのうちの一つなのです。

日米の同盟関係は、日本が何処かの国から攻められたらアメリカに助けてもらう、その代わり日本もアメリカに協力するというものです。99年の周辺事態法などの新ガイドラインに沿った有事立法も、そのような政策の下で整備されたものと言えます。また、現実の行動としては、ニューヨークのテロのあとの、自衛隊艦艇のインド洋派遣があります。01年にアフガニスタンを攻撃する米軍のために、インド洋などで物資や役務の提供をしています。今回もイラクに空陸の自衛隊を派遣して、米国に協力することになっています。

自衛隊を派遣する根拠になっている二つの法律を読んでみました。

テロ対策特別措置法では「国際的なテロリズムの防止と根絶のため」、イラク人道復興支援特別措置法では「イラク復興のため」に、自衛隊が支援活動を行ない、国際社会の平和と安全の確保に資することを目的とするとあります。法律は難しく書いてありますが、支援活動という表現で日本は米国に協力することが規定されています。

これらの法律には二つの要素が入っています。一方で日米同盟関係維持への日本の意欲を最大限に明らかにするという判断がありま す。他方で憲法の制約もあります。自衛隊は派遣するが、平和的な(それに留まっていられるかは、あとで述べるように疑問ですが)後方支援にとどまるという書き方からは、2つの均衡のうえに政治判断がなされ、法律が作られていることがわかります。

しかし、国民や外部には、両者の均衡が充分理解されない可能性が高いのです。まず国民には、米軍への協力が最初に述べた3段構えの中に位置付けられている、という部分が明らかになっていないような気がします。また、憲法的制約への配慮を読み取らずに、自衛隊の海外派兵が米国の戦争への加担になるのではないか、との懸念もあります。

小泉首相は、12月9日の会見で「自衛隊は戦争に行くのではな く、復興人道支援活動に行くのである」(これは法律に書いてあることそのまま)と述べて、憲法的制約への配慮をしています。しかし前段の3段構えについて、もう少し明らかにすべきであったように思います。米国との協力関係なくして、我が国の平和と安全は維持できない、という考えです。

外の世界の人々は、日本の憲法的制約と米国への協力の均衡などに関心はありません。より単純な理解をしているように思います。マイヤーズ米統合参謀本部議長は、自衛隊のイラク派兵決定で「日本も連合軍に参加した」と述べたそうです。米軍の仲間であることは否定できないのです。

イラクの国民が、日本の自衛隊を米軍の支援軍と見ても、無理はないでしょう。バグダッドの高校教師から日本のNGOへ、日本は友人であるから軍隊を派遣しないでくれというメールが届いていま す。

I have found your email address from Yahoo Japan. My name is Mr.**** and I am a high school teacher living in Baghdad, Iraq. I have learned Karate and Japanese language and I always respected Japan and Japanese people.

It was terrible news for us that Japanese Army is coming to Iraq to help US invasion. I have never supported Saddam Hussein but US is nothing but an armed robber. They are killing Iraqi every day and no ordinary citizen supports them. Now, more and more people are taking part in resistance movement. They are not terrorists or remnant of old regime, just normal people. Imagine how people would act if any country invaded Japan. Exactly the same thing is happening here. Iraqi should be the one to reconstruct Iraq, not the invaders.

Do not come to Iraq as a US allied invasion troop! Iraqi respects Japan but if the army comes now, Japan will become the enemy of Iraqi and whole Muslim. Every Iraqi will feel deeply disappointed to Japan, a great nation who has never been hostile to Muslim in the past. Supporting US is absolutely not worth all these losses including Japanese people’s life. We welcome Japan after the invaders are gone, but strictly not now.

Please tell our real feelings to Japanese people. Japanese army should not invade our country! I love Japan so please, please, do not be our enemy. We hopeJapan will take the right decision as an independent country.

Rei,Baghdad, Iraq

小泉首相がいくら復興人道支援であると強調しても、普通のイラクの市民は、日本の軍隊は米国のイラク侵略の支援で来る、という見方をし続けるでしょう。日本国内では復興人道支援で通るかもしれませんが、外の世界ではもっと短絡的な理解が横行しているので す。

今40カ国がイラクに駐留しているそうですが、米軍以外にも犠牲者が出ており、自衛隊の中から犠牲者が出ることは、当然予想されます。日本では死傷者が出ることに愕然としているということかもしれませんが、改めて考えてみると、同盟関係を維持するのであれば、血の代償も覚悟しなければならないのは、予想されるべきことです。首相の「日本国民の覚悟がためされている」とは、そのことをも含むものでしょう。

ここまでの所では、政府の政策を肯定する結果になっています。しかし別の方策があるような気がしてならないのです。二つの論点があります。

まず第一に、アメリカは世界で唯一の超大国となり、その性格が変質しつつあるのではないでしょうか。これまでは良友と思っていたのですが、危ない方向に向いているような気がするのです。

第二には、次第に外の世界との交流が広がるにつれ、価値観は一つではないことに、日本も気付きつつあります。国際社会は、西洋だけではなく、アラブもスラブもアフリカもアジアもラテンアメリカも含めたものです。多元的な価値を認めるときには、アメリカの論理だけが正しいものではないでしょう。

そのような状況に気が付くと、これまでと同じ態度を取り続けて良いものでしょうか。

改めて憲法第9条を読んでみました。

第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

感じたのは、これは戦争放棄の明確な宣言であり、誇るべき思想であるということです。これを延長していく所に、別の解決があるような気がします。

戦争放棄の思想は、憲法に規定してあるかに関係なく、またそれが与えられたものであるかという議論は別にして、その考え方自体を検討すれば、毅然としてそれに従う価値があります。

我が国はこれまで憲法第9条を国是としてきたのですから、50年を越える運用の積み重ね次第では、スイスのこれまでの永世中立の考えと同様に、国際社会で尊敬に値する地位を占めていたかもしれません。

(以上で話はおしまいとなりますが、もう一つ、英文憲法を見ていて、The peopleというのが幾つも出てくるのに気が付きました。これは普通に訳せば、日本の人民あるいは日本国民で良いのでしょうが、問題があることもありそうです。

基本的人権を定めた11条の英文はこうです。

Article 11. The people shall not be prevented from enjoying any of the fundamental human rights. These fundamental humanrights guaranteed to the people by this Constitution shall be conferred upon the people of this and future generations as eternal and inviolate rights.

全ての人の基本的人権は侵害されることはない、という正当なことを述べている趣旨と理解されます。

ところで日本語を見ると、少し事情が違います。

第11条 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。

日本語の条文では日本国民を対象にしているように読め、日本にいる外国人の人としての権利は保障されているのかと気になります。

参政権など国民であることと結びついた政治的権利は日本国民のみに適用されることで構わないのでしょうが、基本的人権は全ての人に適用されると見たほうがいいのではないかしら。

今の(文字化け)のためという考え方を変える必要があり、法律改正や行政のあり方を変更しなければならないでしょうが、度量を広くして「国民は」と書いてある部分で可能なものは、「全て人は」に替えたら、先進的な憲法になるでしょう。

高成田享:YM様 拙文についての感想ありがとうございました。

日本が歴史的にみて、米英と友好関係を維持している時期に国情が安定していたという事実は、ただの偶然ではなく、民主主義という物差しで測ったときに、よりましな国々との協調が長期的な安定につながるという点で、日本の「国益」にとっても、よりよい選択につながっていたからだと思います。その意味で、日米との友好・信頼関係を日本の外交の基本に据えるというのは、現代においても、よりよい選択だと思います。

自衛隊のイラク派遣に私が反対の主張を書いているのは、日米関係を前提にしたうえで、イラク戦争の支持や自衛隊の派遣が日本の国益に利することにも、日米関係の強化にもつながらないと思うからです。

それは、米国には米軍の後方支援のため自衛隊を派遣すると言い、日本国民には米軍の支援もするがイラクの復興人道支援がいちばんの目的だと説明し、イラク国民には占領軍ではなく復興人道支援だとPRするという「3枚舌」作戦は、必ず破綻すると思うからです。

たとえば、自衛隊がゲリラから頻繁に攻撃を受けるような状態になり、復興人道支援の活動ができなくなったときです。復興活動ができないので撤退すれば、米国から「弱腰だ」と非難されるのは確実だし、それならとゲリラ掃討作戦に力を入れるようになれば、日本国民からは結局、占領軍への加担ではないかと批判されるだろうし、イラク国民からは、お便りにあったバグダッドの高校教師もそうだろうと思いますが、復興人道支援はお題目だけかと失望され、反発を受けるでしょう。

現時点で、自衛隊を派遣するとすれば、それは占領軍の一翼を担う軍隊として活動するしかない。そうなれば、憲法違反の論議になるのは当然のことであり、小泉首相はそれを避けたかったのでしょう。しかし、現時点での自衛隊派遣は、「国際社会の一員として平和維持活動の範囲で認める」という、国民の多数派の理解からも遠く離れた行為であり、現時点での国民の納得を得られる行為とは思えないのです。

もちろん、「北朝鮮が暴発したときには、米軍に助けてもらうのだから、イラク派遣はしかたがない」という考えの人もたくさんいるでしょうし、日本政府のホンネかもしれません。それなら、「イラクに自衛隊を出さなければ、北朝鮮が暴発したときに米国は助けてくれないのか」という疑問もあるし、米国民からしても、「そんな気持ちでイラクに派遣されても困る」という思いもあるでしょう。それはさておいても、そういう状況が少しでもあるのなら、なぜ小泉首相は靖国神社に「初詣」しなければならないのでしょうか。

北朝鮮問題を改善する舞台は「6者協議」であり、いうまでもなく靖国参拝に反対する中国と韓国は、そのメンバーです。さらに言えば、北朝鮮問題のカギを握っているは、米国も認めるように、米国と中国であり、拉致問題を抱える日本にとっても、中国との関係が米国との関係と並んで最重要だと思います。それなのに、両国の首脳がお互いの国を訪問できないほどの問題をわざわざ引き起こさなければならないのか、ということです。「しかたなく自衛隊を派遣する」という思いがあるのなら、「しかたなく靖国参拝は思いとどまる」ことがあっても、いいはずです。

日本が国際社会のなかで、どういう役割を果たしていくべきなのか、ご指摘のように、憲法を参考にしながら、議論する時期だと思います。

千葉県のKYさん

「松葉一清氏の「サイトsearch」インターネットラジオとスピーカー」を読んで

最近、WebRadio又はInternet Radioが非常に充実して来ており、小生もいわゆるバック・グラウンド・ミュージックとして毎日のようにこれらを聞いている一人です。AICコラムに「インターネットラジオとスピーカ」なるタイトルが目に止まったので興味深く読みました。

この記述によると、松葉氏はデルのビジネス用パソコン付属のスピーカで音楽を楽しんでいるとのことですが、パソコン付属のスピーカは本来的には音楽観賞用に設けられた物ではではなく、コンピュータの動作上で必要な情報、例えばアラームなどを知らせる代物で、ベルよりましというものであり、音質は二の次のものでしょう。OSのウィンドウズは「サウンドとオーディオデバイス」設定を開いて音質およびレベルの設定が可能ですが、パソコン付属のスピーカのような代物のために調整をしても無意味でしょう。それでもドラム、シンバルなど衝撃音の多いジャズなどのアメリカン・ミュージックなどには、良いかも知れませんが、クラシック音楽にとっては最悪の代物でしょう。

小生のコンピュータは、出来合い物でなくはなく、2年ほど前にマザーボードなどを含む組み立てCPU一式と、音声用にCreaive社のSound Blaster-Audigyなどを購入して組み立て聴取できるようにしたものです。最近では欧米などの有力なインターネット局はビデオおよびオーディオ番組をWebRadioとしてライブ又はデマンド形式で送出していますので、そのうちの好みのものを選択し、その映像出力はCPUディスプレイ上に表示させ、音声出力は外部のアンプに供給し、その出力をボックス収納型のスピーカを介して聴いております。

元旦には、ORF atのOE1でムーティ指揮のニュー・イヤー・コンサートをほぼHiFiなみの64Kbit/sのライブで聞くことができました。この番組内容はNHK中継のものと同一であり、多次元高画質高音質のディジタルHV放送にはかないませんが、素っ頓狂なゲストの発言などに煩わされることなく落ち着いて聞けることができました。

この他、スイスのDRSなどはクラシック、ポップ、民族音楽など5チャネル同時に24時間連続して放送しており、ニュース呆けにならないように毎正時にはニュース(文字化け)しています。以上

穴吹史士:本年も、どうぞよろしく。引き続き、AICをご愛読ください。





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