 |
| 読者フォーラム November
19, 2004 |
ブッシュ大統領再選
|
|
|
オレゴン州・USAのWDさん
高成田様:
昨日はブッシュ再選に抗議してワールド・トレードセンター跡で自殺した若者がいたというニュースを聞き、ベトナム戦争激しき頃パリで焼身自殺したソルボンヌ大生のフランシーヌを思い出してしまいました。子供心に衝撃的でした。
昔話ばかりで恐縮ですが、毛沢東が革命を始めた頃、都市部では国民党の弾圧が激しかったため、彼は政治工作の中心を農村部に移しました。その時都市部にいた共産党のエリート幹部たちは彼の作戦を時代遅れとののしったものです。ソビエトから派遣されてきた軍事顧問も彼の作戦を阻止しようとします。しかし彼は徹底的に農村に潜伏して農民一揆を組織し、やがて都市部に迫っていきます。彼は農民の後進性でなく、農民の土地への信仰に着目し、農民を政治化して行きます。
ブッシュの黒幕カール・ローブが毛沢東路線を踏襲したかどうかはわかりませんが、私はひょんなところで時代が繰り返されたような気がしました。都市部のインテリ層に凝り固まって、農村での政治工作をなおざりにしていた所に、民主党の敗因があったのではないでしょうか。私が住んでいるユージンという町も、町の中では七割方ケリー支持でしたが、一歩町の外へ出ると、昔の映画の立て看板みたいなブッシュ・サインが立並び、まさに都市がブッシュ支持者に取り囲まれているという感じがしていました。
毛沢東は農民へのアプローチとして、文化工作隊を組織し、農村で文芸の夜などを開いて農民に歌や踊りを楽しませながら政治宣伝を展開して行きました。アメリカでも10年くらい前から、それまで絶滅寸前だったカントリー・アンド・ウエスタンが突如人気高騰して、カントリー・ファンの私ですら、変だなと思っていたことを思い出します。今から考えれば同じようなことが繰り返されていたのですね。
さてブッシュの次の作戦は、キリスト原理主義への「文化大革命」でしょうか。それとも世界史の教訓を踏まえた現実主義者、アメリカ版小平が登場するのでしょうか。
アメリカの??さん
高成田さん、こんにちは。
本当にブッシュさんの再選は私も心からがっかりしました。ケリーさんの三度の討論会やさまざまなキャンペーンの仕方(ネガティブキャンペーンにすぐにネガティブに反応しない)などを見ているうちに、はじめの「なんだか暗いけど、大丈夫かな」という不安が消えていました。信頼でき、やさしく、物事をしっかりと根本から考える人だ、と思うようになったので、2日当日は祈るような気持ちで先行きを見守っていたのですが、、、。
アメリカの人、と十把一からげにするのはよくないと思いますが、傾向として彼らには「自分は(あるいはあの人は)、こういうスタイルで生きている」と決めて、行動がそのスタイルの枠組みの中で決定されるようになる、という感じがします。例えば今回のクリスチャン、特にエヴァンゲリカルと呼ばれる人々の熱狂的なブッシュさんへの支持などはそれの最たるもので、「でもキリストは平和の方が好きだったんじゃないかなー」とケリーさんに投票する人というのはたぶんあんまりいなかったと思います。
それよりは中絶やゲイの結婚など、わかりやすい指標に頼り、イスラム教という彼らの脅威となる宗教を持つテロリストに強い態度で攻撃的な政策を取るブッシュさんを、まじめなクリスチャンとして支持しているようです。私からしてみれば「戦争を支持するクリスチャン」って、どんな戦争でもなんか変だなー、なんて思っちゃうのですが、、、。しかも中絶、ゲイに関しては、アメリカではもう「人権保護」なんて言葉、使い古されすぎちゃってるのかな、なんて思ってしまいます。
たぶんケリーさんは本当は戦争なんかすぐやめたい、中絶もゲイの結婚も国が関わって禁止するのはおかしい、今すぐ税金カットも止めてきちんと必要分の税金を取り、お金のない人やお年寄りにウェルフェアが行くようにしたい、あわよくば保険制度だって日本やカナダのようにみんなが受けられるようにしたい、環境もよくしたい、と思っていたと思います。でもクリスチャン、ジュウイッシュ、ビジネスマン、ベトナム帰還兵といったスタイルの枠組みの中にいる人たち、しかも選挙にとても影響力のある彼らにはやはり投票してもらわないといけません。だからたぶん、かなり妥協点を探ったのだと思いますし、そのことで彼らしさはもしかしたら少し失われてしまったかもしれません。
投票の次の日、知り合いに別の用件で会いました。彼は、今までは民主党一本だった私たちの州が急に共和党に傾きだしたのを見て大急ぎでやってきたチェイニーさんを15分間だけ見るために、夜の8時から悪いひざをさすりさすり並び、真夜中頃まで待ったそうです。彼はたくさんの不動産を扱うビジネスマンなので、そういった面で有利だからブッシュさんを支持しているのだと思っていたのですが、彼はこう言っていました。
「それは理由のうちのとても小さなもののひとつにすぎない。一番大きな私の支持の理由は、ナショナルセキュリティー、つまり国の安全なんだ。テロリストに果敢に立ち向かっていくブッシュさんは信用できるけどケリーさんはそれほどでもない。ねぇxxx(私)、テロを無くすためにできることは一つしかないんだよ。それはテロリストたちを全て殺してしまうことだ。グアンタナモで抑留されていたテロリストたちを見てごらん。彼らは証拠不十分で国に返された後また同じテロ活動をしているんだ」と。
私はそれを聞いてとってもショックでした。証拠不十分じゃ殺すのはもとより抑留するのだっておかしいし、だいたいそんなに真剣に、自分の問題として国のセキュリティーを考える、という姿勢は私にはそれまでありませんでした。ブッシュさんが第一回目の討論会のまとめスピーチで、戦争をこれからもどんどん攻撃的にやっていく、というようなことを言ったときもヘンだな、こんなこと言っちゃっていいのかな、なんて思っていたのですが、どうやら彼にとってはそれでよかったようです。それを支持する人はたくさんいたのです。どんなに毎日ニュースで「今日はアメリカ兵が何人死にました」とやっていても。
ケリーさんの敗北スピーチを生中継で見ながら、あー、こんなに長い間がんばれーって思ってたけど、終わっちゃったなぁ、ととても悲しくなりました。でも高成田さんがおっしゃっていたように、あそこでああできたのは、やっぱりケリーさんならではだったと思います。
何日かたって、ふと、「でもこれがきっと、民主主義なのかも」と思いました。何が正しいか正しくないか、というより、どれだけ多く支持されたか。どんなかたちであれ、民主主義はここアメリカで、遂行されているのかもしれません。
アメリカのICさん
Takanarita-sama、
I voted Kerry. My husband voted Kerry、too. We must move to Canada? I will wait for Ms. Clinton.
高成田 享:WDさま、「農村が都市を包囲する」。各州の選挙区ごとに、赤(共和)と青(民主)に色分けされた地図を見ながら、私もこの言葉を思い浮かべていました。
と同時に、共和党支持層はラップが嫌いで、カントリーが大好きだという世論調査、フセインとアルカイダ、フセインと大量破壊兵器が結びついているという「うそ」を未だに多くの人々が信じているという調査など考えると、「大いなる田舎、アメリカ」という言葉が浮かんできます。
さらに振り返ると、わが日本も含めて、誤解を恐れずに言えば、保守化と反知性のグローバリゼーションがとくに若い人たちに広がっている現象は、不気味でもあります。
東京のFOさん
11月11日の「地図一途: 2人のさむらいの会見地・薩摩屋敷」をたいへん興味深く読みました。
が、一点だけ、疑問といいますか、事実誤認ではないかと思われる箇所を発見しましたのでご連絡します。
記事中に、「幕末に過激派により焼き討ちに遭った薩摩藩の上屋敷」とありますが、もし三田の薩摩藩邸のことであれば、それは過激派によるテロではありません。
当時江戸市中取締の任についていた庄内藩主導による公務です。
幕府挑発の一環行動として、薩摩藩は相楽総三を使って浪士たちを集め、豪商に金子を要求したり暗殺を行ったり、各地の一揆を扇動するなど、江戸市内外の治安を乱させました。これに激昂した庄内藩(新徴組という浪士組を預かり、京都における会津藩と同様の役割をしていた)が、乱暴を働いた浪士たちの引渡しを薩摩藩に要求し、突っぱねられたため戦闘に突入したものです。このとき庄内藩は、私怨(江戸市内の庄内藩兵詰所も浪士に襲われていた)による狼藉とみなされぬよう、諸藩の出動を要請、庄内藩を始め上山藩、鯖江藩、岩槻藩等計2000名を動員。幕府陸軍を伝習していたフランス士官も同行し、砲撃を指導したようです。
もとは浪士の捕縛・追討を目的としていたものが、ほぼ一方的な焼き討ちとなってしまったのは、圧倒的な数の差と有利な戦闘状況に、佐幕各藩の薩摩に対する鬱憤が爆発してしまった結果だと思われます。(もっともそれこそ薩摩の思う壺だったわけですが)
上記は概要ですが、ちょっと調べればもっときちんと説明した資料にすぐぶつかると思います。薩邸焼き討ちがテロとされているのであれば、それは明治政府による隠蔽工作です。幕末〜明治期には、このような歴史の捻じ曲げが横行しています。
ほんの一文ですが、気になってしまいましたので、投稿しました。
もし、上記と全く違う事象(ちょっと見た限りでは見当たりませんが)を指しての文章であったとしたら、すみません、この投稿は無視してください。
野々村邦夫:読者様、ご指摘のとおり不適切な表現だったと思います。
「薩摩の思う壺」ということについては、私も同感です。あくまでも私の認識なのですが、幕末の動乱の中で討幕派が挑発行動を行い、幕府側を激昂させということがいろいろとあった(戊辰戦争についてもそういう側面が強い)と思っていることから、つい「過激派」といういいかたをしてしまいました。
「勝てば官軍」側から書かれた歴史だけが歴史ではないという意識も持ってはいるつもりですが、ご指摘の件については、それにしては、ということですね。ご指摘に対し、お詫びとお礼を申し上げます。
投稿はこちらへ・・・投書
|
|
|
|
 |
|  |