| 松尾慈子の漫画偏愛主義 October
29, 2004 |
夕凪の街 桜の国
こうの史代
双葉社 税込み840円 |
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松尾慈子
1992年朝日新聞入社、金沢、奈良支局、整理部、学芸部などを経て、現在、名古屋本社報道センター記者。漫画好き歴は四半世紀超。
一番の好物は「80年代風の少女漫画」、漫画にかける金は年100万円に達しそうな勢いの漫画オタク。 |
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エド村崎のフィルム・マニアーク
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広島市民なら知っているだろう。広島の小学生は毎夏、必ず怖い映画を見ることになる。薄暗い体育館は阿鼻叫喚、おもらしをする子まで出てくる。そう、平和教育の一環として原爆記録映画を鑑賞するのだ。それも、作り物じゃなく、本物。米国が原爆の様子を撮影した記録フィルムを、平和運動家たちが買い取って、反戦教育のための映画に仕立ててあるのである。熱線で焼かれたケロイド、死体、原爆症で死にゆく人たち・・・。そりゃあもうすごい迫力だ。
この映画を作るにはお金がかかるので、米国から10フィートずつ買っていく。だからこの運動を「テンフィート運動」という。18歳まで広島で育った私は、こういう平和教育はどこでもやっていると思っていた。大学に入って初めて、テンフィート運動を知らない人がいることを知ったくらいだ。親でさえ戦後生まれの私たち世代。広島・長崎以外の人が、戦争を知らないことは当然なのかもしれないが、少し怖さも感じた。歴史を学び反省してこそ、正しい選択ができるのではなかろうか。
表題作は、そうした広島で育った筆者が、原爆を描いた作品だ。といっても、そこには琥珀色のフィルターがかかっている。生々しい健康被害や死体の描写は極力排除されている。それでも原爆の悲惨さは十分表れている。
「夕凪の街」の舞台は終戦から10年たった広島。主人公の皆実は結婚を意識する年頃。同僚男性の打越に求愛されるが、被爆した日の記憶が皆実をさいなむ。「8月6日、何人見殺しにしたかわからない。死体を平気でまたいで通った。地面が熱く、靴底が溶ける。腐ってない死体から下駄を盗んだ」。極限状態の中で自分だけが生き残った罪悪感から逃れられない。そして被爆者ということ。
「10年前にあったことを話させてください。そしたらうちが死なずに残された意味がわかるかもしれん」。打越の愛を受け入れるが、直後に原爆症に倒れ、そのまま起きあがることはなかった。その続編「桜の国」は皆実の弟の子どもたちの物語。原爆が現在社会にも影を落としていることを描く。
平和教育の在り方は難しい。生々しい被害の様子を教育することで、戦争反対の気持ちを強くする人もいるだろう。しかし、反対に「平和教育なんてごめんだ」と思ってしまう人もいる。この作品は、1人の被爆女性を主人公に、戦争がどのように市民たちに苦痛を背負わせるかを描いている。そこには思想を声高に訴えることもない。ただしずかに放射能の被害が彼女の恋を、健康を、むしばんでいく様子があるだけだ。1人の女性の物語として、気負わずに読んでほしい。そして、読んだ後で自分がどう考えるか、そこまでがこの物語であると思う。
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