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| 「キャスターClick」 December
27, 2004 |
Aインターネットキャスター
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 | 穴吹 史士
アナブキ・フミオ
社会部記者、AERA副編集長、週刊朝日編集長、女性誌uno!マネジャーなどをへて、インターネット・キャスター。be編集部記者。
copyright Saibara Rieko |
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高成田亨のニュースDrag
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AIC。アサヒインターネットキャスター、というのだった、これまでは。2005年からは、アスパラインターネットキャスター、である。便利だねぇ、AIC。外見はまるで一緒。
アサヒインターネットキャスターは、それに伴う報酬こそなかったものの、れっきとした職名だった。会社の組織表にも記載があった。見たことはないが、あったはずだ。だから、名刺にも、「朝日新聞記者」という肩書に併せて明記していた。職名であり、かつコラムの名称というのは、社内でも珍しかったに違いない。たぶん、これひとつきり。この職名もなくなった(はず。確認してない)。自分がかかわっていたので、いいにくいが、惜しい。
アスパラインターネットキャスターというのは、通称というか俗称というか、勝手に名乗ってよいことになっている。名刺にもそう刷り込んでいいといわれた。だが、アスパラ移行を機に作り直した名刺には、入れるのをやめた。ロゴとURLを付記するにとどめた。他意はない。肩書にしては長すぎ、という感じがしたからだ。従来より、1文字多いだけなんですけどね。
AICがアスパラに移り、会員しか読めなくなることへの評判はすこぶる悪い。公的、私的にさまざまな苦情が寄せられている。創設以来、舐めるように読んできたが、これを機会にすっぱりやめる、AIC中毒から足を洗う、といってきた友人もいる。まあ、仕方がない。
人はすべて保守的、というのが持論だ。もちろん私を含めて。できることなら、環境を変えずに、同じ状態でずっと過ごしたいと思う。そういう調子で、AIC、7年余。煮詰まり、行き詰まっていたことは確かだ。多くの執筆者と関係者がおり、私の一存で決められるわけではなかったが、夏以降、永井ドクター、竹信悦楽堂が相次いで亡くなったあたりから、潮時かなと考えていた。
アスパラから移籍を打診されたときは、もういちど、一から出直してみようと思ったのだった。7年前、レギュラー筆者は高成田記者と私の2人だけ。そこから始め、永井ドクター、本田数学者、牛嶋くいだおれ、サブリナ・ママ、松葉記者、植木不等式と次第に魔手を広げ、ページビューが級数的に伸びていったころを、懐かしく思い出す。
アサヒコム経由でしか、AICを読んでない読者は知らないだろうけど、アスパラのAICで書いている新しい筆者は、社内外で私が以前から目をつけていたおもろい筆者をほぼ総揚げしている。新年も引き続き、AICをご愛読いただきたいものである。アサヒでもアスパラでも、AICはAIC、外見も中身も。
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