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| 「ニュースDrag」 December
22, 2003 |
人道支援って何?
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世界中で人道支援を求めている人々がいる。世界中で人道支援のために丸腰で働いている人々がいる。ハリウッドの女優、アンジェリーナ・ジョリーさんの書いた『思いは国境を越えて』(産業編集センター刊)を読んだ。彼女が国連の1機関である国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の仕事に興味を持ち、シエラレオネ、タンザニア、カンボジア、パキスタン、エクアドルなどを訪れたときの様子が日記の形で書かれている。
UNHCRに助けを求めてきた人々の物語、乏しい食料や医薬品のなかで、それこそ命がけで難民の救済にあたっているUNHCRやさまざまなNGOの職員の姿、そして厳しい現実を直視し、理解しようとする彼女の思いが素直な文章で描かれている。
6歳の女の子が、レイプされ、首を絞められ、トイレに押し込められたという話を聞く。そのお母さんは報復を恐れて警察に通報しなかった。アメリカで伝えて欲しいメッセージがあるかたずねた。「アフガニスタンに平和がきて欲しい」。彼女はこれだけ言った。別の女性が、夫を熱射病で亡くしたと話してくれた。彼女も、私を見据えてはっきりと話した。「もし、こういう目に遭ったらどうしますか? 私たちの人生はもう終わりです。もうなくなりました。でも、子どもたちには未来がないのです。子どもたちには未来があるはずです」
これは、パキスタンにあるアフガニスタンの難民キャンプでの話。彼女がここを訪れた直後に9・11が起こった。
「ほんの数週間前に会ったアフガニスタンの家族たちを忘れられなくて、私は彼らを助ける必要性について語り、個人的な寄付をした。数日のうちに、私は3回も脅迫された。その中には電話も含まれていた(どうやって私の番号を知ったのか、今でもわからない)。電話の男は、すべてのアフガニスタン人はニューヨークでやったことの報いで苦しまなければならないし、私の家族は、一人残らず殺してやる、と言った。人々の感情が高まっていたのはわかっている。誰にとっても厳しいときだった」
この本を書くきっかけになったのは、いま公開されている「すべては愛のために」という映画のシナリオを読んだからだそうで、映画では、カンボジア、チェチェンなどを回るUNHCRの職員を熱演している(写真)。映画の原題は「beyond borders」で、国境を越えてという意味だが、愛のためにさまざまな障害あるいは最後の一線を乗り越えてという意味も込められている。

アンジェリーナ・ジョリーという女優は「17歳のカルテ」(99年)で、アカデミー賞最優秀助演女優賞を獲得したそうだが、私はこの映画を観ていない。私が観たのは「トゥームレイダー」という痛快活劇で、アクション女優だとばかり思っていたら、今回の映画を観て、愛を貫く女性を演じることのできる「性格俳優」であることがわかった。
映画に出てくるエチオピアの難民キャンプのシーンを思い浮かべながら、彼女の本を読んでいると、「自衛隊は戦争に行くのではない、復興支援、人道支援活動に行くんです」と、国会で繰り返した小泉首相の言葉がむなしく思えてくる。人道支援のために努力している世界中の人々をないがしろにしているように思えるだの。
米国が自衛隊に期待しているのは戦争への加担であり、イラクの人々が期待しているのは自衛隊によらない復興支援である。「自衛隊による復興支援」という概念は少なくとも現時点では虚構だ。実像は、ともかく米国への協力を示すために、自衛隊をイラクに派遣する、ということだ。国民には復興支援を強調し、実際には、できるだけ米軍の支援をする。
その典型がバグダッド空港への輸送協力だ。人道復興支援のための物資を運ぶが、それに支障がないときは、米軍の兵士や物資も運ぶ。武器弾薬は運ばないが、中身をいちいちチェックすることはしない。
バグダッド空港への輸送を統括しているのは米軍だが、こんなわけのわからない注文をまともに受けたら、使いづらくてしかたがないだろう。米軍にすれば、兵員でも、武器弾薬でも、人道支援の食料や薬品でも、片っ端から運んでくれ、ということしかないだろうし、実際にそうなるだろう。
外から見れば、米軍のイラク作戦に協力しているわけで、米軍の行動が戦争であれば、日本の自衛隊は戦争に行く、ということだ。自衛隊に派遣命令を出したニュースを報じるインターナショナル・ヘラルド・トリビューン紙は「日本が第2次世界大戦後初めて兵士を戦闘地域(コンバット・ゾーン)に送る」と書いていた。「非戦闘地域」も「人道復興支援」も虚構であり、虚構はいずれ崩れるしかない。
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