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| 「駅弁地理学」 October
14, 2004 |
台風接近時のゴー・ストップ
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 | 野々村 邦夫
ノノムラ・クニオ
30年余の公務員生活の大半は測量と地図に関係。99年、国土地理院長を最後に退官。広島工業大学教授などを経て現在財団法人日本地図センター理事長。仕事柄、旅する機会が多く、駅弁と地酒に造詣が深い、ハズ。
絵・宇田川のり子 |
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今年有数の強い台風となった台風22号は10月9日16時過ぎ、伊豆半島に上陸した。当然ながら台風の影響を受ける地域の交通機関には、運休、欠航が続出した。私は、その日の15時頃には羽田空港に、16時頃には東京駅にいた。飛行機や列車に乗るのが目的ではなく、わざわざその場の様子を見に行ったのだ。これは、野次馬というしかない。旅行先で困っている人から見れば、他人の不幸を喜ぶけしからん奴と映るかもしれない。他人の不幸を喜ぶ気はもちろんなく、日常的でない風景を見たいと思って出かけたのだ。
電光掲示板を見ると、羽田空港の出発便は、ほとんどが欠航になっていた。日本航空では、15時から18時までの出発便は全て欠航。全日空のほうは、やはり欠航が多いが、15時過ぎの便の中にも、欠航になっていないものが少々あった。
東京駅発のJR線はどうかというと、まず新幹線については、東海道新幹線は全面的に運転見合わせ、その他の新幹線は多少の運休はあるもののおおむね運行、という状況だった。在来線では、近距離列車はおおむね順調に動いていたが、ほとんど全部の特急が運休になっていた。山陽・九州方面への寝台特急、房総、伊豆、中央線方面への特急は、全面的に運休ということだった。
羽田空港でも東京駅でも、乗客の様子には殺気立っているという感じはなかった。よかったな、と思った。興奮した乗客が駅員に食ってかかる、というような情景は、見られなかった。火事と喧嘩は江戸の華というから、争い事があれば近くで見たくなるものだが、乗客が駅員を一方的につるし上げる情景など、見ていて愉快ではない。階段に座り込んでいる乗客とか、発券カウンターに並ぶ乗客の長い列とか、こういうときらしい光景は一応あったものの、特に目を引くようなものは見られなかった。そうなると私は、航空会社や鉄道会社や船会社が、台風が接近しつつあるとき、運行するか、運休するか、という意思決定、あるいはその元となる判断をどのようにするのだろうか、ということに興味を感じてしまい、あれこれと考えてしまった。
まず、1つの歴史的事件のことを思い出した。1954(昭和29)年9月26日、青函連絡船洞爺丸が沈没し、1,100人余の犠牲者を出した。この日洞爺丸は、函館港から青森港へ向けて出港準備が整ったものの、台風による強い風雨のため、一時出港を見合わせていた。定刻から数時間が経ち、天候がやや回復したかに見えたため青森港へ向かって出港したが、その後天候が極度に悪化し、遂に沈没し、多大の犠牲者を出してしまった。
台風の観測、予報技術が現在よりはるかに遅れていた時代ではあるが、船長の出港判断は、結果としては誤っていたと考えられ、人災ともいわれてもいる。現在では、そのような人命に関るような判断ミスをする余地は少ないと考えられるが、船にしろ飛行機にしろ列車にしろ、台風の中で出発した後の状況の予測は、容易ではない。運行すべきか運休(欠航)すべきかという判断は、当事者にとってはなかなか難しいことだと思う。
子どもの頃から船や飛行機や鉄道というものにかなりの愛着を持っている私は、そういう事業の現場にいる人たち、例えば鉄道員(「ぽっぽや」とルビを振られることもある)といわれる人たちには少なからぬ敬意を持っていたし、今でもそれは消滅していない。だから、彼らが運行すべきか運休すべきかという判断をするときは、乗客の立場に立ち、乗客の利益を最優先にして考えるだろう、と思っていたし、今でも、そういう要素が大きいだろうと思っている。
しかし、これまでにいろいろな経験を積んできてみると、そんなきれいごとばかりではなく、打算や責任のがれなど、いろいろな好ましくない要素も入り込んでいるだろうと想像するようになった。どんな組織であれ人であれ、もうけ主義、自己本位、無責任などという面があることは否定し難い。ただし、善意、理想主義などが消滅しているとも思えない。結局のところ、いろいろな要素が混ざり合った中での総合判断ということになるのだろう。
強い台風が接近すれば、遅延や運休が出ることは致し方ない。乗客の立場からすれば、運休は最悪で、遅れてもいいから、長時間缶詰になってもいいから、目的地まで運んで欲しいと願う気持ちは切実だ。しかし、大幅に遅れた場合に説明不足などがあったりすると、会社や職員に不満を持つことになる。
鉄道会社などの立場からすると、遅れが出てもなるべく運行したいという気持ちはあるものの、採算を度外視するわけにはいかないし、ことと次第によってはかえって乗客から非難を浴びるかもしれないし、運休してしまったほうが無難だ、と考えることも多かろう。
実態として、あるいは統計的にどうなのかということは分からないが、鉄道の場合、私の実感としては、出発後大幅に遅れて目的地に到着というケースは、近年少なくなっているように思う。つまり、大幅な遅延が予想される場合は、早々に運休を決定しているのではないかと思う。会社の採算性から見れば、一般的にはそのほうが賢明だろう。しかし、乗客の立場からすれば、面白くないことだ。
今回の場合、台風22号は20時頃、茨城県の太平洋沖へ抜けた。東京では19時頃には、風雨はかなり弱まっている。線路の損壊はなくても、安全点検、車両のやりくりなど、台風が過ぎ去っても鉄道の運行をすぐに再開できない事情があるだろうとは思う。しかし、なるべく早く運行して欲しいと乗客が思うのは、当然だ。東海道新幹線は9日21時頃、運転が再開された。しかし、在来線の大部分の特急は、早々に終日運休と公表されているので、そのとおり運休されたものと思う。遅い時間帯の列車は運行可能だったのではないか、という疑問を持たざるを得ない。
そういう状況の中、東海道在来線特急「東海3号」静岡行きが16時00分、定刻どおり東京駅を発車した。東京駅構内にいた私は、この列車が定刻どおりに出発するらしいことを知り、疑問を抱きながらも東京駅10番線ホームへ行ってみた。そして、若干の敬意を感じながら、雨を突いて出発するこの列車を見送った。近づきつつある台風に真正面から勝負を挑むため、出撃するかのようだった。東京駅ではこの日、こういう雄々しい旅立ちをする特急列車は、他にははほとんどなかったのである。
NONOの目

デザイン・福田繁雄
羽田空港
江戸おこわ(株式会社寿徳庵)
800円(税込)
羽田空港の空弁ますます増加。10月9日、羽田空港で買う。 |  |
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