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アサヒ・インターネット・キャスター



「駅弁地理学」 October  21, 2004
とうとう新丸ビルが

野々村氏の顔写真野々村 邦夫
ノノムラ・クニオ

30年余の公務員生活の大半は測量と地図に関係。99年、国土地理院長を最後に退官。広島工業大学教授などを経て現在財団法人日本地図センター理事長。仕事柄、旅する機会が多く、駅弁と地酒に造詣が深い、ハズ。


絵・宇田川のり子
バックナンバー 岩城元の「ハルピン発なんのこっちゃ」


東京駅丸の内北口を出て右手、かつては国鉄本社ビルなどがあった一郭で建築中だった数棟の超高層ビルが完成し、去る9月14日、「丸の内オアゾ」という名の複合街区が誕生した。東京駅丸の内側の風景は、ここ数年で一変した。超高層ビルが林立(または乱立)し、低層ビル(といってもかつては高層ビル)は、極めて少数派になった。

「孤高の新丸ビル」と題した私の記事が本欄にアップされたのは、2003年3月6日である。1952(昭和27)に竣工した新丸ビル(新丸ノ内ビルヂング)が周囲の超高層ビルの中でひときわ低く見える風景について書いたのだが、オアゾの完成により、「孤高」の度合いは、ますます高くなった。という思いを抱きつつ、つい先日の夜、東京駅丸の内北口から新丸ビルを見てみると、なんと、窓明かりが1つも見えないではないか。新丸ビル全体が、暗がりを形づくっていた。

もしやと思って地下道へ入り、新丸ビルの地下入口の前に来てみると、入口はふさがれ、「(仮称)新丸ビル建替工事のため、平成16年10月1日よりNo.3出入口を閉鎖しております。…」という「お知らせ」が掲示されていた。工事期間は平成16年10月1日から平成19年まで(予定)ということも書いてあった。工事は、始まったばかりだ。新丸ビルの建て替え(取り壊しともいえる)が、いよいよ現実のものとなったのだ。この入口には、私が上の記事を書いた当時、新装なった丸ビルの方向を示す矢印に添え、「新しい丸ビル、左方向にお進み下さい」という掲示があった。それをほほえましく思いながら見たのが、つい最近のことのように思えた。

地上へ出て、新丸ビルの周囲を1周した。いくつかの情報が得られた。「当ビルは建替のため平成16年7月31日を以って閉館致しました。当ビルに関するお問い合わせは…」という「お知らせ」があった。私は知らなかったが、閉館はしばらく前だったのだ。

「建築計画のお知らせ」という看板もあった。それによると、建築物の名称は、(仮称)新丸ビル。用途は、事務所、店舗、駐車場。建築面積約8,000平方メートル、敷地面積約10,000平方メートル、延べ面積約200,000平方メートル。階数地上38階地下4階。最高高さ約200m、軒高さ約177m。着工予定平成17年2月、竣工予定平成19年度中。以上のようなことが分かった。約4ヶ月かけて現在の新丸ビルを取り壊し、その後約2年をかけて新しいビルを建築するらしい。実際の名前は、まだ決まっていないということのようだ。

「孤高の新丸ビル」という私の記事の最後には、「いずれ、新丸ビルも高層ビルに建て替えられるときが来るのだろうか? そのときは、1階からトイレが消え、「丸ノ内」の「ノ」は「の」になり、「ビルヂング」は「ビルディング」に改名されるのだろうか?」と書いた。不確定要素が残るが、建て替えは、私の希望的観測よりはだいぶ前倒しで現実化してしまった。

私が新丸ビルに愛着を感じる理由の1つは、やはり、子どもの頃に強い印象を植え付けられたからだろう。私の記憶は不確かだが、新丸ビルは、「東洋一」といわれたように思う。おそらくビルの容積(延べ床面積)が東洋一ということではなかったかと思う。私の子どもの頃の日本は、戦後という時代だった。その日本が経済的に復興してゆく過程の中で、新丸ビルが誕生した。復興の道程に築かれた一里塚の1つと形容してもよいかもしれない。日本の復興は、子ども心にも嬉しいことだったのだろう。

そんなことを思っていると、「東洋」という言葉にも今昔の感を覚えてしまった。明治期の文明開化以降比較的最近まで、東洋という言葉は、使用頻度が高い言葉ではなかったかと思う。また、西洋という言葉と対比されつつ、どちらも好感ないしよい響きを持って使われることが多かったのではないだろうか。例えば岡倉天心も、よい意味あいを込めて東洋という言葉を使っていたと思う。

東洋という言葉が頻りにマスコミを賑わせた例として、「東洋の魔女」を挙げることもできる。1964(昭和39)年の東京オリンピックで金メダルを獲得した日本女子バレーボールチームの選手たちは、「東洋の魔女」といわれた。今年のアテネオリンピックと64年の東京オリンピックは、日本選手の好成績という点で双璧を成すが、女性選手の活躍という点では、かなりの差異がある。男性選手に比べ、国際舞台で好成績を上げる女性選手がはるかに少なかった当時、厳しい練習に耐え、金メダルに輝くまでに強くなった女子バレーボールチームの選手たちに贈られた一種の尊称が、「東洋の魔女」であった。

あの頃から比べれば、いろいろなことが変わった。東洋という言葉の使用頻度は、かなり低くなった、と思う。「広島東洋カープ」は健在でも、自動車メーカーの「東洋工業株式会社」は、「マツダ株式会社」に改名した。「東洋」は、「グローバル」という言葉の台頭に伴って衰退していると見てよいのかもしれない。世界的に見ればまだまだだが、東洋の中では偉いもんだ、というような稚拙な感情から成長しているという面があるとすれば、それはそれで結構なことだ。

近代日本の建築物の寿命が短すぎる。都市の美観が悪化している。というような面から、現在の日本の都市における建築の実態について、私は残念に思うことが多い。新丸ビルの取り壊しも、その一例である。しかし、新丸ビルの取り壊しについて、私の感情ないし感傷が多分に入り込んでいることは否定しない。多くの人や財産を巻き込みながら沈没する巨船のように、新丸ビルの消滅は、単に1つの建物の消滅という現象に止まらないように思えるのだ。



NONOの目

デザイン・福田繁雄

羽田空港
さば寿し(株式会社昔亭)
800円(税込)
空弁はいろいろなところからやってくる。これは富山製。10月9日、羽田空港で買う。


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