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アサヒ・インターネット・キャスター



「地図一途」 October  28, 2004
駅弁は漬物が万事を語る

野々村氏の顔写真野々村 邦夫
ノノムラ・クニオ

30年余の公務員生活の大半は測量と地図に関係。99年、国土地理院長を最後に退官。広島工業大学教授などを経て現在財団法人日本地図センター理事長。仕事柄、旅する機会が多く、駅弁と地酒に造詣が深い、ハズ。


絵・宇田川のり子
バックナンバー 岩城元の「ハルピン発なんのこっちゃ」


1999年7月、主たる勤務先が広島となり、毎週のように東京・広島間を往復する生活になった。そのしばらく前までやっていた公務員生活に比べれば、いろいろな意味で自由な生活になったので、あちこち旅行をする機会が増えた。そういう境遇を活用する方策の1つとして、旅行のたびに積極的に駅弁を買い、食べた。1年に100個以上のペースで食べた。1年余り前、主たる勤務先が東京になり、あちこちぶらつく機会もゆとりも減ったが、駅弁には注目を払い続けている。

どういう分野でもそうだが、その道の達人といわれる人は、すごいものだ。駅弁に関しても、そういう人たちがいる。この数年間にたかが500個余りの駅弁を食べた程度の私が、そういう人たちと肩を並べているというつもりは、毛頭ない。知識も経験も、段違いなのだ。しかし、乏しい経験や知識ではあっても、私は私なりの駅弁に関する一家言を持つようになり、それはそれで的を射ているのではないかと自負している。駅弁業界の人と付き合いがなく、便宜を図ってもらったこともないという、批評をするに際しての強みもある。

「駅弁は漬物が万事を語る」というのは、そういう私が持つに至った駅弁観の1つだ。駅弁の蓋を開ける。あるものを見る。そうすれば、食べてみるまでもなく、その駅弁の程度が知れる。そのあるものとは、漬物である。やや大げさではあるが、この見方は、かなり当たっていると思う。

反面教師のことのほうからいうと、梅干の赤、沢庵の黄、茄子の漬物の紫、胡瓜や紫蘇の実の漬物の緑、こういうものの色が毒々しければ(鮮やかに見える人もいるかもしれないが)、その駅弁は、食べる前にがっかりものである。漬物の周りのご飯が、漬物から染み出る毒々しい色に染まっている様は、最悪である。そういう駅弁は、味のほうも無神経にしつこく、塩分過剰で塩辛くもあり、後で喉が渇いて閉口することが多い。見ただけで食欲が落ちるということが、味の悪さを誇張させているかもしれないが。

残念ながら、「高くてまずくて身体に悪い」駅弁が多い。千差万別、ピンからキリまである駅弁の平均的レベルというものを定義できないことは承知の上で、敢えて私の感じを述べれば、駅弁の平均的レベルは、デパートの地下食料品売り場(いわゆるデパ地下)で売っている弁当の平均的レベルより、有意の差を持って下回っていると思う。もちろん、コストパフォーマンスを考慮しての平均的レベルである。昨今のデパ地下の競争の熾烈さを垣間見ると、それは仕方のないこととは思える。

塩分と食品添加物は、多くの駅弁の質を低下させている2大元凶だ。過剰な塩分が健康によくないことは、常識である。それにもかかわらず、多くの駅弁の多すぎる塩分は、それによって舌を麻痺させ、まずさやうまみの足りなさを誤魔化す魂胆だと思われる。また、食品添加物は、一定の効用が認められるものやコストを考えればある程度容認できるものもあるが、総じて、なるべく抑制したいものだ。なかんずく合成着色料は、一種の食品偽装手段であり、百害あって一利もない。こういう工業製品が、この世に存在すること自体が嘆かわしい。

私は、駅弁の世界で合成着色料が蔓延していることを至極残念に思っており、多くの駅弁メーカーの自覚のなさを嘆かわしく思っている。そういう駅弁業界の中で、最大手といわれる株式会社日本レストランエンタプライズの駅弁が、原則として合成着色料を使わず、他の食品添加物の使用も控えめにしていることは、歓迎すべきことだ。高まりつつある消費者の健康志向を反映させることが営業政策的に有利だというのなら、それはそれで結構なことだし、消費者のほうも、ますます賢明になるべきだ。関東から東北地方までの広い範囲で営業を展開し、同一の駅弁を多数の駅で大量に売っているということから、希少価値やローカル性という点からは人気に乏しいが、この会社の駅弁は、全般的にレベルが高いほうだと私は思っている。

マイナスイメージのほうから私の駅弁観の一端を披瀝してしまったが、もとより駅弁は、私たちを楽しませてくれるものだし、そういう駅弁が少なくないことも事実である。あまり理屈っぽくなりたくないが、駅弁は、食べる楽しみと旅の楽しみとを併せ持っている。旅の楽しみは、よその土地の楽しみということでもあり、ローカル色を楽しむことでもある。駅弁は、ほどほどの値段で、食欲を満足させてくれるとともに、こういう楽しみを与えてくれるからこそ、魅力があるのである。つまり、ほどほどの値段で地方色のある食材は、駅弁にとって不可欠なものなのだ。こういう観点からすると、漬物の役割は、駅弁の中で非常に重要である。

所変われば漬物変わる。日本各地の漬物の魅力は、今更いうまでもないだろう。日本各地に、それぞれ優れた食材がある。しかし、値段の面から、使い難い食材は多い。本場の松茸をふんだんに使った駅弁など、望むべくもない。駅弁の松茸ご飯から、ローカル色を感じることは、もはや無理だ。ところが漬物は、ほどほどの値段でローカル色を感じさせることができる絶好の食材だ。こういうものを積極的に活用せず、駅弁のイメージダウンの元凶に仕立て上げる駅弁メーカーの気が知れない。

こういうようなことを考えていると、近頃あまりにもありふれてしまった食品偽装問題に思いが行ってしまう。私は、駅弁を話題にしているから一部の駅弁メーカーを非難しているのだが、食品業界全体を見渡せば、駅弁メーカーだけが取り立てて悪いということはないだろう。食品添加物の過剰使用や合成着色料の使用については、食品業界全体に強い自覚と改善をお願いしたいところだ。そして、そういうこと自体はもとより違法なことではないにしても、決して軽々しい問題ではなく、食品偽装問題の土壌を培っている深刻な問題であるとも思っている。

話を急ぐと、その結果話が発散してしまうが、日本の社会全体から、正直さ、誠実さというものが、失われつつあるとはいかないまでも、著しく希薄になりつつあるのではないかと懸念するのである。そのことは、道徳的に善いの悪いのという観点のみならず、経済的にも大きな損失になり、国家の崩壊にも繋がりかねないことなのではないかと思う。

話をやや限るという意味で、近頃政府が熱心に取り組みだした「観光立国」という問題について考えてみたい。海外に出かける日本人観光客に対して、海外からやってくる観光客は著しく少ない。もっと海外からの観光客を増やそう、国際理解の増進とともに、観光産業を振興し、外貨を稼ごう。こういう政策に、私も賛成だ。ただし、やり方次第では失敗するかもしれないという恐れを抱く。失敗とは、単に思惑どおりの経済効果が上がらないというようなものではなく、海外における日本のイメージが落ち、国際信用が低下しかねないというものだ。

観光に行ってみたいところとは、どういうところなのか。美しいところ。美味いものが食えるところ。よいものが買えるところ。挙げていけば、いろいろとある。治安がよいところ。人々が親切なところ。そういうことも、重要な要素だ。考えてみれば、考えてみるまでもなくかもしれないが、観光に行ってみたいところと自分が住んでみたいところとは、かなり共通する。特に、観光に行ってみたい国と自分が住んでみたい国とは、本質的に同じろう。観光立国とは、日本を外国人が来てみたくなるような国にすることであり、それは、日本人がますます住み続けたいと思う国にすることでもある。

私は、国際社会で活動した経験には乏しい。しかし、国際会議や開発途上国援助などの業務を通じて得たことから、かなり確信していることがある。ものの考え方や価値観が多様な国際社会でも、ウソをつかない、約束を守るということは、世界共通の価値観であり、どの国の人からも歓迎されることだということである。しかも、そのことについて、日本人はかなり信用されているほうだと思う。約束を守るということは、日本のウリの1つであると思っている。これは、ビジネスの上でも、相当なメリットになっているのではないだろうか。

見て美しい。聞いて心地よい。食べて美味しい。よいものが手に入る。言われてなるほどと思う。こういうようなことに珍しさや意外性が加味される。観光とは、そういうものだという見方をしてもよいだろう。こういうようなことが、安全に、ほどほどの値段で実現できるようにすることが、観光の振興であり、国家的な政策としては、観光立国ということになるのだと思う。ここで是非とも忘れて欲しくないと私が思うことが、こういうことの裏にウソがないということである。

食品偽装、自動車の欠陥隠し、商取引上の虚偽公表。こういうことは、それぞれ観光立国を実現する上での重大な障害ではないか。高いお金を払って食べたコーベビーフが外国産かもしれないなどと、外国人観光客に心配させてよいことも得することもあるわけがない。こういうふうに例を挙げだしたら、切りがない。

かつて、日本の各地を旅行し、日本の風景や文化、人情を楽しんだ外国人は、少なくないようだ。そういう記録が、けっこう残っている。生麦事件のような物騒な事件は、ある一時期に起こった例外的な事件だ。どういうことが観光立国の障害となるのかということとともに、どういうことが観光立国のために有益かということもよく調査研究する必要がある。どちらの面からも、本質的なものはPRのやり方というようなものではなく、ハードの面でもソフトの面でも、日本の国をどうするのかということに帰着するのではないか。

話が大きくなったり小さくなったり、広くなったり狭くなったり、まとまりがつかないが、元に戻ると、駅弁の漬物のことである。日本の漬物は、私の知る限りでは、外国人にはあまり人気がないようだが、多くの日本人にとっては、ローカル色を感じ、ときには大いに郷愁をそそられるものだろう。平凡にいえば、たかが漬物、されど…、である。

おことわり
「駅弁地理学」は2000年1月以来、著者の力量不足も省みず、今日まで連載を続けてしまいました。こんなに長くやるとは、著者が当初予想しなかったことであり、厚顔無恥といわれても致し方ないと思っております。この間、多くの読者の皆様に読んでいただき、また、少なからぬ方に間違いの指摘、ご意見、励ましなどのお便りを読者フォーラムにお寄せいただきましたことは、誠に有り難く思っております。お便りを下さった方はもちろんのこと、読者の皆様全てに、心から感謝申し上げます。お陰様で、これも分不相応のこととは思いますが、近く、「駅弁地理学」の一部が単行本として出版される予定です。本の題名は、ちょっと照れくさくて…。

以上、「駅弁地理学」最終回に当たり、一言お礼のご挨拶を申し上げましたが、実は、AICの連載は、来週からも引き続きやらせていただきます。若干装いを変えてみますが、これまでのものと大差はないと思います。図々しさにもほどがあるとお叱りをいただいても、致し方ありません。どうぞ相変わらず、よろしくお願い申し上げます。



NONOの目

デザイン・福田繁雄

東京駅
極附(株式会社日本レストランエンタプライズ)
3800円(税込)
駅弁の写真もこれで最後。というわけでちょっと豪華に。10月23日、東京駅で買う。


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