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アサヒ・インターネット・キャスター



「地図一途」 November  04, 2004
今でも城下町・松江

野々村氏の顔写真野々村 邦夫
ノノムラ・クニオ

30年余の公務員生活の大半は測量と地図に関係。99年、国土地理院長を最後に退官。広島工業大学教授などを経て現在財団法人日本地図センター理事長。仕事柄、旅する機会が多く、駅弁と地酒に造詣が深い、ハズ。


絵・宇田川のり子
バックナンバー 岩城元の「ハルピン発なんのこっちゃ」


11月4日は、何の日? こういう疑問が湧いたとき、インターネットというものはなかなかに便利なものだ。適当なキーワードを入れて検索をすれば、たちどころにいくつもの○○の日が現れる。そういうものじゃなくて、私の誕生日、なんてことを思い浮かべる人もいるだろう。更にそういうものじゃなくて、文化の日の翌日なんていうのはどうだろう? 翌日じゃ全く意味がない、と、叱られるかもしれないが、全く意味がないわけでもなく、多少の文化の香りは残っている。例えば今年、2004年の11月4日には、毎年恒例の文化人切手が発行される。

今年の文化人切手に登場する人物は、小泉八雲、イサム・ノグチ、古賀政男の3人。小泉八雲(1850−1904)は明治時代に活躍した作家・英文学者、イサム・ノグチ(1904−1988)は世界的に活躍した彫刻家、古賀政男(1904−1978)は昭和時代に活躍した作曲家、ということは、いうまでもないだろう。今年は、小泉八雲の没後100年、イサム・ノグチと古賀政男の生誕100年に当たっている。

さて、持って回った前置きが長くなったが、本日は、小泉八雲が住んでいた頃の松江城界隈の地図を見てみよう。今回が第1回目の「地図一途」というこのコラムは、こんな具合になんやかやと理屈をくっつけ、「旬の地図」を取り上げて、なんやかやと雑談をさせていただこうという趣向である。御用とお急ぎのない方向けのコラムになってしまうことをお許しいただきたい。

日本の各地はこの1世紀ほどの間に、大きく景観を変えた。特に都市の景観は、昔と今とでは大違いである。そういうことは、地図の上にも表れる。1世紀前の地図と現在の地図とを見比べると、都市化のすさまじさを各地で見ることができる。しかし、松江の場合は、山陰地方の大都市、県都でありながら、少なくとも地形図で見る限り、意外なほどかつての姿をよく残している。

最も古い5万分の1地形図「松江」は、1901(明治34)年12月28日発行のものである。少々くどい説明になってしまうが、地形図というものは、紙一面に、つまり紙の隅から隅まで地図が描かれているのではなくて、額縁に納まっている絵画のように、中央の地図本体の周辺は、余白になっている。本体の地図と余白との境は図郭といい、余白の部分は、図郭の外ということになる。この余白の部分にも、いろいろと重要な情報が表示されている。ここに示した発行年月日も、図郭外に書かれていることである。そのそばには、「明治32年測図」ということも書かれている。この地形図の作成作業は、主として明治32年に実施されたということなのだ。

小泉八雲は、1890(明治23)年8月30日から翌1891年11月15日まで松江に滞在していた。というわけで、ここに持ち出した地形図は、それから10年足らずの間に作られたものである。八雲が住んでいた頃の松江の姿を描いている地図だと思ってよかろう。宍道湖と中海とを結ぶ大橋側を挟んで市街地があり、その北西のはずれに松江城がある。

私が面白いと思ったことは、こういう基本的な構図が、現在の地形図、例えば平成15年10月1日発行の2万5000分の1地形図「松江」と見比べてみて、基本的に変わっていないということだ。市街地は、当然ながら八雲の時代よりは広がっているが、形態的にはさほどの変化はなく、現在でも松江城は、北西のはずれにある。城の西側の近くにあった田は縮小しているが、現在の地形図でも、まだ部分的には残っている。

宍道湖の湖岸線は、埋め立てによって形が変わっているところはあるが、それほど大きな変化はない。宍道湖に面する白潟公園は、夕日の美しいところとして有名だ。明治の人々も、八雲も、同じ場所で夕日を見たことがあるだろうが、その景色は、私が最近見たものとそれほど違わないと思う。

新旧の地形図で大きく違うものの1つに、鉄道がある。山陰本線は、明治34年発行の地形図には描かれていないが、明治44年4月30日発行の地形図には描き加えられている。100年の歳月は、当然ながら地形図の姿かたちを大きく変えてしまう。松江についてもそれはそうだが、先に述べたように、意外に思えるほど変化が少ないのだ。松江は、城下町の面影をよく残している都市として人気が高い。新旧の地形図を見比べてみると、なるほどと思う。

観光のため松江を訪ね、昔ながらの城下町気分を味わいたいという人は多いだろう。そういう人に私がお勧めするのは、堀川遊覧船である。松江城を取り囲むお堀を約50分かけて周遊する。松江城の樹木や水鳥、町並みの景色などが楽しめる。そのほか市内のあちこちを散策したいなら、「レイクライン」という周回運行しているバスを利用すると便利だ。

今回、5万分の1地形図「松江」を「旬の地図」としたのは、文化の日→小泉八雲→松江、という連想である。松江といえば八雲。小泉八雲は、松江を代表する人物である。その彼が松江に滞在した期間は、1年3ヶ月弱。54年余の彼の人生から見たら、約15年5ヶ月の日本滞在期間から見ても、短い期間だ。それでも、松江の顔であり、逆に、多くの日本人が小泉八雲から連想する土地は、松江だろう。八雲と松江との相性は、実によい。そういう松江の趣を、新旧の地形図の比較から伺い知ることもできるようだ。

NONOの目

デザイン・福田繁雄

松江城界隈
1:50,000地形図「松江」
明治32年測図、明治34年発行


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