asahi.com
天気  辞書  地図  サイト案内  Top30 
サイト内 WEB
コラム 社 会 スポーツ 経 済 政 治 国 際 サイエンス 文化・芸能 ENGLISH 
  >AIC  >天声人語  >日本@世界  >ポリティカにっぽん  >風考計 
     
 home >コラム >AIC   


アサヒ・インターネット・キャスター



「地図一途」 November  18, 2004
新橋停車場

野々村氏の顔写真野々村 邦夫
ノノムラ・クニオ

30年余の公務員生活の大半は測量と地図に関係。99年、国土地理院長を最後に退官。広島工業大学教授などを経て現在財団法人日本地図センター理事長。仕事柄、旅する機会が多く、駅弁と地酒に造詣が深い、ハズ。


絵・宇田川のり子
バックナンバー 岩城元の「ハルピン発なんのこっちゃ」


11月18日は、土木の日。 土と木という字を分解すると、十と一と十と八になるからだ。ちなみに、土木という言葉は、「土を築き、木を構え(築土構木)」という、中国の古い書物にある言葉に由来するそうだ。

地図と土木とは、切っても切れない仲である。土木技術を駆使して何らかの構造物を作るためには、地図がなくてはならない。一方、その結果は、地図の上に形として残る。日本のように国土の開発が進んだ国の地図の中は、土木だらけである。道路も土木、河川も土木である(日本国内では、大きな河川で自然のままのものはほとんどない)。だから、特に土木と縁の深い地図を選び出すということは、なかなか難しい。

そういう事情の中で今回取り上げたのは、1872(明治5)年に開業した我が国最初の鉄道の始点、新橋停車場が描かれている地図である。この鉄道の開通は、我が国土木史の中で特筆すべきことの1つであることは間違いない。ということとともに、ここに取り上げた地図が、美しさという面から見て出色のものだからである。



この地図は、前回のこの欄に掲載した2万分の1迅速図と同じく陸軍参謀本部の手により、2万分の1図に続いて作成された「五千分一東京図」のうちの「東京府武蔵国京橋区木挽町近傍」の一部である。1884(明治17)年2月測図という記録がある。後に刊行されたものは1色刷りだが、この図は原図であり、彩色されている。

同じ地域の2万分の1迅速図と比べると、縮尺が4倍大きいので(5000分の1は2万分の1の4倍)、ものの形がはるかに詳らかに描かれている。線路や駅舎の形が、極めて具体的だ。扇型に見えるのは、転車台と車庫だろう。この鉄道をこんな地図でずっと追っかけてゆきたいところだが、「五千分一東京図」の作成地域は東京の中心部に限られているので、そういうわけにいかない。

前回のこの欄に掲載した地図では、現在の田町駅付近の様子が読み取れる。鉄道は、海岸線から海側に離れて走っている。土木の語源を連想させる。当時でも、市街化した地域での用地確保は難しかったらしい。明治政府が強権的に立ち退きをさせることなく、土木技術で対応したことはけっこうなことだ。「窓より近く品川の、台場も見えて…」という鉄道唱歌の一節は、地図を見ると、なるほどと思う。残念ながらこの場所は、「五千分一東京図」からは外れている。

新橋停車場があったところは、汐留シオサイトという、超高層ビルが建ち並ぶ(乱立する)再開発地区の中である。駅舎、プラットホーム、線路の一部が復元されている。一部でも当時のものが忠実に復元されていることは喜ばしい。しかし、あまりにも小部分であることは残念だ。復元されたホームの長さは、25メートル。これを基に往時を偲んでしまうと、大きな誤解をしてしまうかもしれない。地図で見る新橋停車場は、現在現場で想像するものよりも、はるかに壮大なものである。

復元された旧新橋停車場へ行ってみて私がいちばん残念に思うことは、起点から伸びた線路の鼻先に、汐留シティセンターという42階建ての大きなビルが立ちふさがっていることである。線路跡地を遊歩道にすることはできなかったのだろうか。駅舎やホームのほんの一部なんていうささやかなものでなく、鉄道そのものを復元しても面白かったのではないだろうか。夏目漱石も乗ったとされる坊っちゃん列車というものが松山市内を走り、観光客の興味を引いているが、我が国最初の鉄道の一部復元なら、その人気は坊っちゃん列車を上回ることだろう。

汐留シオサイトは、東京都心部では滅多に得られない規模の更地に建設されたビル街である。1つ1つのビルが個性を競っているのかもしれないが、全体としては無秩序というほかはない。今は壊滅してしまったが、かつて一丁ロンドンとか一丁ニューヨークとかと呼ばれた東京・丸の内のビル街のような、一団の調和の取れたビル街は、何故現代社会では実現しないのだろうか。広大な汐留駅跡地では、鉄道を機軸にしたロマンのある再開発を実現してもらいたかった。

何か恨み節が続いたが、敗北感を味わうばかりではなく、希望を持ちたい。日本の土木技術は素晴らしいものだ。現在のところ世界最長の青函トンネルも、日本の土木技術の誇りの1つだ。たかが42階建てのビルに屈することはない。まだ新しいビルを取り壊すのは資源の無駄になるから、そこにトンネルを掘ったらどうだろう。固定観念に風穴を開けるのだ。ビル街の中で1キロメートルほどの旧鉄道の復元をすることを夢のような話と思うようでは、夢がない。復元に役立つ地図はある。



NONOの目

デザイン・福田繁雄



ご意見はこちらへ・・・

Designed by TUBE graphics 


| 社会 | スポーツ | 経済 | 政治 | 国際 | サイエンス | 文化・芸能 | ENGLISH |
GoToHome ニュースの詳細は朝日新聞へどうぞ。購読の申し込みはインターネットでもできます。 GoUpToThisPage
asahi.comに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
| 著作権 | リンク | プライバシー | 広告掲載と注意点 | アサヒ・コムから | 朝日新聞社から | 問い合わせ |
Copyright Asahi Shimbun. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission