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アサヒ・インターネット・キャスター



「パートナーに恵まれて」 December  16, 2004
お先にパット

植竹のイラスト植竹 伸太郎
ウエタケ・シンタロウ

朝日新聞社会部で警視庁記者クラブなどを担当。横浜支局長などを経て総合研究センター主任研究員。日曜版連載「旅する記者50人」で「聖地−−ゴルフの巡礼者たち」を執筆。
バックナンバー 小飯塚一也の「世田谷棲息」


国内女子ツアーの最終戦、宮崎CCを舞台に行われたツアーチャンピオンシップリコーカップは、5年連続賞金女王をほぼ手中にした実力ナンバーワンの不動裕理と、奇跡の逆転女王を狙う人気ナンバーワンの新人宮里藍が、最終日まで同組でデッドヒートを繰り広げる展開になった。テレビ中継を見ていたぼくは、アナウンサーが「解説の小林(浩美)さんも樋口(久子)さんも、のけそってしまいました」と言うのを聞いて、思わず吹き出してしまった。それはそうだ。ぼくだってテレビの前で、のけぞってしまったのだから。例の不動の「お先にパット外し」のシーンである。

不動はこの日、前半で一時宮里に5打差を付けられ、優勝どころか賞金女王も逃しかねない状況に追い込まれた。が、後半、宮里が調子を崩し、1打差に追いついて迎えた14番ホールである。このホールはパー4で375ヤード、コウライの大きいワングリーンである。宮里は第2打をグリーン左手前のバンカーに入れた。グリーン側の土手は身長154センチの彼女の背丈より高い。宮里はこの第3打を失敗、4打目でピン奥2メートルに付けた。

一方不動は、第2打をグリーン手前のエッジにこぼした。しかし、ここからうまくピンに寄せてパーを拾えば、宮里と並べるし、宮里のボギーパットしだいでは一挙に逆転も可能である。不動は最も得意とするサンドウエッジで転がし、カップの左手前60センチに付けた。その直後である。パターを手にボールに近づいた彼女は、そのままボールを打った。多分「お先に」と言ったのだろうが、画面は直前まで別のシーンを映していたので、よく分からない。

ラインはやや右に切れる緩い下りである。不動はべつに不安定な体勢からではなく、しっかり構えてパターを振った、ように見えた。が、ボールはカップ左の縁に蹴られ、右に流れた。不動は安定したショットで他を圧してきたが、もともとパットもうまい。今季は平均パット数でトップを宮里に譲ったが、昨季は1位だった。その不動が、優勝の可能性を秘めた60センチのパットを外したのである。

「あれ、どうして“お先に”なのかなって、私も思ったんですよ」と、放送席の樋口が言った。確かに、60センチという距離はぼくらの感覚から言えば、“お先に”をするにはちょっと遠い。「不動さん、いやだったんでしょうね、あの距離が。だから、早くすませようと思ったんじゃないですか」。樋口の解説を聞いて、なるほど、そういうものかと、ぼくは感心した。そして、“お先にパット”はどんなときにしてもいいのか、した方がいいのか、してはいけないのか、しない方がいいのか、日ごろあまり考えることのない問題に思いを巡らせた。

言うまでもなく“お先にパット”は、プレーの進行を図るために遠球先打の原則を破って、カップに近いプレーヤーが先にパットすることである。誰でもカップインできるような距離であることが前提で、「お先に」と声を掛けるのは同伴競技者の了解を得るためである。ということは、同伴競技者は「いや、後にしてください」と拒否することもできるのだが、そんなことを言う人は滅多にいない。しかし拒否はしなくても、困惑することはある。

不動が外した60センチは、ぼくらアベレージゴルファーにとっては、まず外すことはないだろうが、外すこともちょくちょくある距離である。だからふつう、“お先に”はしない。ぼくらが“お先に”をするのは、OKありのルールならOKがでる距離、つまり30センチ程度以内である。

ところが60センチはおろか1メートル近くでも、果敢に“お先に”をする人が時々いる。それでカップを外しても、それは自業自得のようなものだからかまわない。が、問題なのは、本人も内心ではカップインに不安があるから、じっくりラインを読み、素振りを繰り返す。待たされる本来の打順のプレーヤーはたまったものではない。

米PGAのトッププロを数多く指導してきたスポーツ心理学者のDr.ボブ・ルーテロが、86年のナビスコ・ダイナショアで優勝した時のパッド・ブラッドレーのプレーを紹介している。ブラッドレーは40センチを“お先にパット”したのだが、 彼女はまずマークをし、ボールをふき、ボールを戻してから、いつものルーティンに従ってボールマークをラインに合わせ、ボールの後ろでイメージを描き、2回素振りをしてパットをしたという。

彼女のプレーはメディアをはじめ周囲のひんしゅくを買った。が、Dr.ルーテロは「どんなパットでもいつもと同じルーティンでするのは当然である」と彼女を擁護した。
彼はまた、こうも言っている。
「優勝争いをしているプレッシャーのもとでは、私は先にパットを済ませることを勧めている。なぜなら、他の二人のプレーヤーがパットをするのを待っている間に、プレッシャーが重くのしかかってくるからだ」

うーん、どうだろう。心理学者の「勝つゴルフの勧め」ではそうなるのかもしれないが、ゴルフは、自分の利益より同伴競技者の不利にならないように配慮するスポーツである。結果的にではあっても相手をいらいらさせるのは、フェアでないような気がする。そして、ここに落とし穴がある。

樋口が指摘するように「早くすませたい」という心理が働いたときはもちろん、単純にプレー進行のためと思っても、本来のプレーヤーを待たせている、という後ろめたさのようなものが、どこかにある。いつものルーティンはなかなか取れない。それどころか、不安定な姿勢からでも打ってしまう。その不安が手元を狂わせる。不動だけではない。SANKYOレディースオープン最終日に30センチの“お先にパット”を外した北田瑠衣は、「頭の中が真っ白になりました」と話した。

幸い不動も北田も、このときは精神的ダメージを乗り越えて優勝した。彼女たちトッププロは強固な意志に支えられているのである。ぼくらアベレージゴルファーはどうやら、目をつむってでも入る距離でもない限り“お先にパット”はせず、きっちりマークし、最後にゆっくりルーティーン通りにパットするのが賢明のようである。



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