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アサヒ・インターネット・キャスター



小飯塚一也の「世田谷棲息」 November  25, 2004
のび太の家

小飯塚一也の写真小飯塚 一也
コイイヅカ・カズヤ

元朝日新聞記者。宮崎支局長などを経て「こころ」のページに長く在籍。その後学芸部の読書面、文化面、大佛次郎賞などを担当した。
バックナンバー 植竹伸太郎の「パートナーに恵まれて」


建築中だった自宅ができたので11月中旬に引越しをした。新聞社を退職して2年になるのにまだガタガタやっている。いったい何度目になるだろう。いいかげんでお仕舞いにしたいものだ。

これまでの家には昨年11月から住んでいた。事情があってもとの家を解体せざるを得なくなった。壊した跡地に新たに建て直す間、やむをえず近所の知人から借りていたのだ。この家を家族はひそかに「のび太の家」(写真下)と呼んでいた。人気漫画「ドラえもん」ののび太一家が住むあの家である。



建物は変哲もない木造2階建て。1階は8畳ほどの板の間に4畳半の畳敷きとダイニングキッチン、2階は8畳ほどの板の間に6畳の畳敷き。外観は瓦葺きでモルタルの壁に飾り気のない窓というデザインだが、柱はむく材で室内は塗り壁だ。築30数年ぐらい。住宅産業が今のように盛んになる以前の、住宅は近所の大工の棟梁がつくるものだった時代の建築だろう。

親子5人。次男はこの際とばかりに別居生活に入ったが、なお4人が雨露をしのがなくてはならない。荷物はあふれかえり、収納できない本などごたごたした段ボール箱のために庭に鉄製の物置を置いたり、廊下を歩くに身をこすり合わせたりといった生活だったが、しばらくするとわれわれはずっとこの家に住んでいたい、という気持ちになった。

表通りから一筋入った場所は、車の音や振動から無縁である。窓を開けると、さわやかな空気が通り抜ける。東側は広い駐車場になっているが、もとは先代が農家だった家主の家の孟宗竹林だった。さすれば、のび太の家の建つ場所は私の子供時代は麦畑であり、当時は西のかなたに富士山が見えた。庭には大粒の実をつけるウメが横に長い腕を伸ばし、マツやイヌマキが植わる。

北側は今も家主の友人の広い住宅で、庭には世田谷区の保存樹木に指定されている2本のケヤキがそびえる。ザーっという葉擦れの音で風が分かる。カキやアンズ、ユズはシーズンに実をつけ、見上げる空は広々としていて、九州や関西を行き来する航空機の飛行機雲を障害物なしにいつまでも見ることができる。

ここでは時代がずれている、というような気持ちになった。私の家から50メートルと離れていないのにこのような空間と時間があった。2階の窓から周囲を眺めていると、そうだよ昔はこんなところだったよ、と頭が少しくらくらした。ドラえもんは「どこでもドア」などの、いろいろな時空を超える道具を出してのび太を助けたようだが、このような家にはそんなことも起こるのだ。

引越しの日程が決まったころ、ダイニングキッチンで食事をしていたら窓のすぐ外で子供の集団の声が聞こえた。「落ち葉拾いよ」と妻がうれしそうな大きな声を上げた。外に走り出てカメラを向けると、子供たちは紅葉したカキの葉をいっぱい持った手を掲げた(写真下)。近くの区立の保育園児たちだ。



「どうするの」と聞くと、「絵を描くの」といっせいに答えた。

ひきつけられたのは木のおかげだろう。あわただしい中で、私が関係しているNPO団体主催の森の問題を考えるシンポジウムが横浜であった。パネリストとして出席した平野和弥・千葉大名誉教授(植物病理学)がこんな話をされ感じ入った。

「植物には何千年も生きる縄文杉などもある。他の生き物で何千年も生きるというのはない。なぜか。それは植物は生と死の共存体だからだ。巨大な体を支えているのは植物の死体、木質化した組織だ。それまで育っている環境を背負いこみながら育っている。畏敬の念をいだかせる、木霊がある、神が宿ると発展していって矛盾がない。日本の森が荒れているといわれるが、崩壊の理由はやはり人間の生活が変わったことにある。一度破壊された植物相は簡単には再現できない」

保育園児を引率していた先生は、「葉っぱを拾えるようなところはここぐらいしかないのです」という。そういえばそうだ。一歩表通りに出ると、このあたりでは家の解体の現実に直面させられるようになったのだ。

私の家を解体したと思ったら、越してきたのび太の家の南側の古い住宅が壊され整地された。しばらくすると、今度は北側に100メートルほど行ったポプラ並木のある広い住宅も壊され、分割された売り地になった。引っ越しの準備入ったころ、今度は妻が新しいわが家の隣の隣の鉄筋コンクリート住宅が解体されることになったことを聞いてきた。

さまざまな事情を抱えた人間の生活が変わり、住宅地の更新の季節が来ているようだ。そのたびに緑が失われる。私も緑を消した一員だから大きな声では言えないが、残念というしかない。

新しい家に入って、解体工事が始まった隣の隣をのぞくと、廃物運搬のじゃまになるサルスベリが切られていた。工事の責任者は大きなのを少し残して後はすべて処分するという。それではいくつかいただいていいかと申し入れると、「どうぞ」という答えだった。

わずかな空き地に植えて罪滅ぼしのまねをするつもりだ。



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